JSEM電子音楽カレンダー/2015年1月のピックアップ その2

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年1月に開催されるイベントにつきましては、すでに、杉並公会堂(東京)で開催されるコンサート「東京現音計画 #04 ミュージシャンズセレクション 2: 大石将紀」にて委嘱新作を発表された池田拓実さん、そして、2015年3月まで青森県立美術館で開催されている展覧会「青森EARTH 2014」にご出品された松井茂さんをご紹介いたしました。

さらに、2015年1月のイベントについては、日本電子音楽協会・三輪眞弘会長に、1月25日に両国門天ホール(東京)にて開催されるコンサート「大井浩明 Portraits of Composers #20 細川俊夫/三輪眞弘 ピアノ作品集」のお話し、そして、2014年のさまざまなご活動についてもお伺いいたしました。

 

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大井浩明 Portraits of Composers #20 細川俊夫/三輪眞弘 ピアノ作品集
日程:2015年1月25日(日)17:30開場 18:00開演
場所:両国門天ホール,東京

 

■三輪さんの2014年のご活動についてお伺いしたいと思います。1月にはNHKのテレビ番組「スコラ坂本龍一 音楽の学校 電子音楽編」にご出演され、同じく1月には「パノラマプロジェクト」にて「みんなが好きな給食のおまんじゅう」が初演され、2月には「ハイブリッド・ミュージック」にて「ひとのきえさり」が日本初演され、3月には「低音デュオ 第6回演奏会」にて「お母さんがねたので」、そして、「ヴォクスマーナ 第30回定期演奏会」にて「火の鎌鼬」が初演されています。8月には「サントリー芸術財団 サマーフェスティバル2014」にて「59049年カウンター」が初演され、10月には音楽監督として参加された「地点/光のない。」が再演され、11月にはサントリー芸術財団による個展「TRANSMUSIC」にて「万葉集の一節を主題とする変奏曲」が初演されています。フォルマント兄弟としても、2月には「MIDIアコーディオンによる合成音声の発話及び歌唱の研究」の総括報告があり、11月の「TRANSMUSIC」では「夢のワルツ」のオーケストラ版が初演されるなど、2014年は三輪さんにとって一つのピークとなる年だったのではないかと思われます。2014年のご自身の創作についてお話しいただけますか。

確かに、昨年がピークでなくてはなりません。時間的にも精神的にもこれ以上は無理です・・

作曲ということに対する考え方や姿勢に変化はありませんが、例えば今まで平行して進めてきた「逆シミュレーション音楽」と「フォルマント兄弟」の活動とを出会わせてみたいと考え、11月の「TRANSMUSIC」のための新作が生まれました。

「万葉集の一節を主題とする変奏曲」、それはつまり「海ゆかば」のことです。作曲に対する姿勢に変化はないと言いましたが、社会の方は大きく変化したと感じています。昨年発表したどの作品でも言えることは「音楽と社会」を考える時、作曲家に何ができるのか?という自問自答が繰り返されたことです。

言うまでもなく今、日本社会で起きている様々な出来事が等しく「意味している」のは、「ぼくらは戦前を迎えた」ということだと感じるからです。そしてそれが(音楽の)美とどんな関係にあるのか。「ドキュメンタリー作曲家」という昔自分で考えた言葉を思い出しながら、ひたすら作曲を続けました。

 

■2014年の日本電子音楽協会は、7月には神戸で、11月には名古屋で「電子音楽なう!」というコンサートを開催しています。2014年の日本電子音楽協会のアクティビティについて、会長としてどのようにお考えでいらっしゃいますでしょうか。

メンバーのみなさんには少し申し訳なく思っています。本来ならぼくがもっとリーダーシップを取って、コンサートだけでなく、いろいろなイベントなどを提案したり、企画したりしても良いはずなのにそれができなかったからです。ただ、そんな中でも会員有志が率先して行動し、関西初である神戸や、名古屋でのコンサートを成功させてくれたことをとても心強く思っています。

また、ぼく自身にとってもそれらは「メディア・アートとしての電子音響音楽」という視点から未来を考える貴重な機会になりました。「なう!」シリーズの身構えない(?)リラックスした発表の場でメンバーがそれぞれ個性溢れる作品を持ち寄り、耳を傾け合うという機会がいかに貴重かというだけでなく、面白いのかを実感しました。

 

■新作初演が目白押しだった2014年に対し、2015年1月に東京の両国門天ホールにて開催される「大井浩明 Portraits of Composers #20 細川俊夫/三輪眞弘 ピアノ曲集」というコンサートでは、ご自身のピアノ曲が年代的に回顧されるものと思われます。三輪さんは常に未来へと向かって創作を続けてこられたという印象を持っているのですが、このタイミングで過去を振り返ることに対し、何らかの感慨などお持ちでいらっしゃいますでしょうか。

はい。まず最初にお話しなくてはならないこととしてプログラムの変更があります。

企画の趣旨として、ある作曲家が今まで書いたピアノのための全作品を一同に集めて演奏することになっていたのですが、一度はそれを承諾したものの、ぼくは自分の過去の作品を再演することにあまり気が進みませんでした。特に学生時代の作品などは、観客に対して、いつものように「これを聴け!」という気持ち(強気)になれない。

考えあぐねた結果、大井さんから新作委嘱の打診もなくはなかったので、新作を発表することにしました。大井さんに弾いていもらうことが前提なので、書いている自分が怖くなるほど途方もなく難しい作品になりました・・

コンサートに関する最新情報は(何かいろいろな悪意も感じる?)以下を御覧ください。
http://ooipiano.exblog.jp/23320671/

 

■2015年のご自身のご活動について、また、日本電子音楽協会の将来について、ご予定や抱負などございましたらお話しいただけますか。

先に、メンバーに対して「申し訳ない」と言いましたが、今年は大きなイベントが予定されています。「サラマンカ電子音響音楽祭(仮)」です。岐阜県岐阜市、長良川のほとりにあるクラシック音楽専用、「サラマンカホール」で3日間にわたるイベントを日本電子音楽協会(JSEM)、先端芸術音楽創作学会(JSSA)情報科学芸術大学院大学(IAMAS)とサラマンカ・ホールが行います。プログラムや内容は現在決定中(?)です。

クラシックのホールで電子音響音楽を中心にコンサートやレクチャー、研究会やワークショップなど盛りだくさんの、日本では珍しく大きなイベントになる予定です。2015年9月11,12,13日です。必ず泊まりこみできてください!

 

■コンサートや音楽祭のご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました!

 

◎コンサートのご案内
大井浩明 Portraits of Composers #20 細川俊夫/三輪眞弘 ピアノ曲集
日程:2015年1月25日(日)17:30開場 18:00開演
場所:両国門天ホール, 東京

・三輪眞弘 / 3つの小品 (1976, 世界初演)
・細川俊夫 / メロディア II (1977/78)
・三輪眞弘 / レット・イット・ビー アジア旅行 (1990)
・細川俊夫 / 夜の響き (1994/96)
・細川俊夫 / ピエール・ブーレーズのための俳句 (2000/03)
・三輪眞弘 / 虹機械 第2番「七つの照射」(2008)
・細川俊夫 / 舞い (2012)
・細川俊夫 / エチュード集 (2011/13)
・三輪眞弘 / 虹機械 公案 – 001 (2015, 委嘱新作)

大井浩明: ピアノ

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後援イベントのお知らせ(20150227-28)

タイトル:Taiwan Sonic Arts Festival 2015
会場:夢想田音楽館(台湾台南市内) URL: http://www.dorimu.com.tw
日程:レクチャー 2015年2月27日(金) 13:00 – 17:00
コンサート 2015年2月28日(土) 開場18:30 開演19:00
入場料:500元(レクチャー+コンサート)

作品:
小阪淳  Beat Box Video for fixed media
宮木朝子(音楽)+馬場ふさこ(映像) 残像花 – The flower of afterimage for video acousmatic
森威功  五彩の園 five-colored feast for visual music
小坂直敏 循環相似 – Circular Similarity for Computer and Video
小坂直敏 Morphing Collage for piano and computer Pf演奏 小坂紘未
Yu Chung Tseng Gesture,Idea, and Image ii–for Shakuhachi and Live interactive electronics
Richard Dudas Prelude No. 2 for Clarinet and Computer Cl演奏 Kai Ni Liu

企画・構成、音響:森威功

主催:夢想田音楽館
後援:台湾音符田文化芸術センター、洗足学園音楽大学、日本電子音楽協会
協賛:加泓鋼鉄株式会社、凱鴻鋼鉄株式会社、加泓石油販売

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後援イベントのお知らせ(20150111)

タイトル “Spectra FEED”
■日時 2015年1月11日(日) 17時30分 open / 18時00分 start
■入場料 2000円(要予約) ※当日は空きがある場合のみ受付 2500円
■会場 砂丘館
■定員 30名
■出演 濱地潤一/Mikkyoz(le+遠藤龍)/Mimiz(鈴木悦久+飛谷謙介+福島諭)/福島麗秋
■後援 日本電子音楽協会

■概要 生楽器の演奏とコンピュータのリアルタイム音響処理による室内楽のこれまでとこれから。
会場に設置された4channelのスピーカ。濱地潤一(Alto Saxophone)、福島諭(PC)による作曲作品の再演や、福島麗秋(尺八)を奏者に向えた新曲初演、Mimizによるlayered session形式による即興演奏など通してデジタル・ミュージックの可能性を探る一夜。
また、新潟を拠点に写真と映像によるインスタレーションを展開しているユニット、Mikkyozをゲストに向える。

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JSEM電子音楽カレンダー/2015年2月のピックアップ

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年2月に開催されるイベントから、今回はアンスティチュ・フランセ東京で開催されるコンサート「Contemporary Computer Music Concerts (CCMC) 2015」にご入選された今堀拓也さんをご紹介したいと思います。

2012年から海外でご活躍されている今堀さんに、電子メールで最近のご活動についてお話しをお伺いしました。

 

■今堀拓也 アンサンブルとエレクトロニクスのための「結晶作用 スタンダールの恋愛論による」

 

■2014年6月には、アンサンブルとエレクトロニクスのための「結晶作用 スタンダールの恋愛論による」 がブノワ・ウィルマン(Benoît Willmann)の指揮、ジュネーヴ高等音楽院現代音楽アンサンブルによって初演され、また、ジュネーヴ高等音楽院を卒業しておられます。「結晶作用」という作品について、また、ジュネーヴ高等音楽院でのご研鑽や、ジュネーヴにおける電子音楽の現状などについてお話しいただけますか。

ジュネーヴ高等音楽院では2012年より2年間修士課程で学びました。かねてより作品をよく知る作曲家のミカエル・ジャレルが教授にいること、また私が在籍したのは「ミクスト・コース」と呼ばれるもので生楽器とエレクトロニクスを併用する音楽を作曲するためのコースですが、これらの教授陣にIRCAMから教授やスタッフが毎週来て教えているいることが、ジュネーヴを選んだ動機です。

エレクトロニクスの授業は主にMax/MSPを用いたライブ・エレクトロニクスに特化したものです。CAO(Composition Assistée par Ordinateur コンピュータ補助作曲)の授業もありますが、これは私自身はかつて自分がIRCAMで学んだOpenMusicを用いていましたが、集団授業で用いる教材はOpenMusicとよく似た環境をMax/MSP内で実現できるBACHを取り上げていました。BACHの最大の特徴はMax/MSPと同一環境で両者を繋ぎ合わせることができることですが、私にとっては既に手に馴染んだOpenMusicのほうが扱いやすく、個人的には結局最終的な作曲のアイデアはOpenMusic上で作業していました。

またミクスト・コースにはエレクトロニクスの作曲家として、もう一人の教授でパリ音楽院でも並行して教えているルイス・ナオンもおり、両者のレッスンを交互に受けて、異なる視点での意見をもらうこともできました。エレクトロニクスおよび録音には専門の技師がおり、授業として彼らのアシストを務めながら録音やPAの技術を学ぶこともでき、また作曲科学生のエレクトロニクスはもちろんのこと、他の科のコンサートや試験も常にクォリティの高い録音やPAが確保されていたのも素晴らしい環境でした。

他にも音楽学者フィリップ・アルベラのセミナーを受講したり、現代音楽に精通するピアニスト、ジャン=ジャック・バレの室内楽の授業を見学したりと、ジュネーヴでは有意義な学業を得ることができました。

修了作品であるアンサンブルとエレクトロニクスのための「結晶作用」は、サブタイトルの通り、スタンダールの著書「恋愛論」に出てくる一節を引用したものです。ザルツブルクの塩鉱に小枝を放り入れてしばらく置いておくと、その小枝には塩の結晶がびっしりとついている。愛が生まれる動機をそのように例えた文章ですが、また結晶という化学的な主題から、塩の結晶である立方体も念頭に置いています。

そこで立方体の一面の辺の数4という数字から着想された完全4度の堆積を基本としつつ、幾つかの基本となる和音のヴァリエーションをOpenMusicで決定し、全曲の核としました。その他Max/MSPでスペクトル・ディレイやグラニュラー・シンセシスなどの細かなエフェクトを幾つか使用し、オーケストレーションの補助としています。全曲の頂点となる完全4度がはっきりと現れる部分に、物理モデル音響合成プログラムModalysで作成した、つまり生音の加工によるトリートメントではなく一からコンピュータで生成した音の30秒弱のサウンドファイルを再生し、結晶作用を表現しました。

ジュネーヴの現代音楽アンサンブルには有名なものではEnsemble Contrechampsがありますが、他にもEnsemble VoltexEnsemble NamascaeEnsemble Matka、打楽器アンサンブルEklektoなどがあります。近隣のローザンヌや、国境を挟んだフランスの隣町アンヌマッスも含めて、多くのコンサートが開かれています。またジュネーヴから電車で1時間半ほどのアヌシー音楽院(フランス)のSon d’Automneという演奏会も聴きに行きました。

師であるミカエル・ジャレルの演奏会としては、新作オペラ「ジークフリート・ノクチュルヌ」やチェロ協奏曲の初演がありました。ルイス・ナオンも大規模アンサンブルでの作品初演が数回ありました。

ジュネーヴにはまたFestival Archipelという現代音楽祭があり、オーケストラやアンサンブル作品の多くがここで集中的に演奏されます。ジュネーヴ音楽院およびチューリッヒ音楽院の共同のエレクトロニクスのコンサートの枠もあり、作曲科の学生の作品も上演されます。私は去年ここでオーボエ、ハープとエレクトロニクスのためのBattements d’ailes de canard dans la rosélière(葦辺行く鴨の羽音)という作品を初演しました。この作品では特にエレクトロニクスを用いるという意義について普段にもまして熟考しており、良い経験となりました。

他にもラジオ・フランス主催のPrésence électronique音楽祭がジュネーヴでも開かれており、電子音楽の特集音楽祭としてアクースモニウムやミクスト作品が上演されています。

 

■2014年8月にはダルムシュタット夏季現代音楽講習会にご参加されています。印象に残ったレクチャーやコンサートなどがございましたらお話しいただけますでしょうか。また、電子音楽についての新しいトピックはございましたでしょうか。

ヘルムート・ラッヘンマンのレクチャーコンサート、ジョルジュ・アペルギスの特集コンサートが特に印象に残りました。毎晩のコンサートは19時からがいわゆる正統派の現代音楽、22時などの遅い時間にアヴァン・ポップ寄りの演奏会があり、後者についてはあまり感心できるプログラムが多くなかったという印象でした。これは前回参加した(ダルムシュタットは隔年開催なので)2012年も同様でした。

電子音楽ではグラーツ芸術大学の電子音楽研究所Institute of Electronic Music and Acoustics(IEM)が招聘されており、空間化(スパチアリゼーション)とコンピュータ補助作曲の2つのワークショップに参加しました。どちらもIRCAMやジュネーヴ音楽院とは異なる方法論に基づくもので、同じ空間化などの目的を持っていてもそれらに至るまでの多様な価値観を目の当たりにすることができて興味深かったです。また器楽ではハープのワークショップに参加したほか、ヴァイオリンのワークショップで作品公募があったので急遽そのための作品も現地で作曲し、両者とも小品を初演してもらえました。

同世代やもっと若い受講生たちとも多く交流し、ワークショップやオープンスペース(自由参加枠)のコンサートで彼らの作品を聞いたり、楽譜を交換して読んだりしました。中でもIEMワークショップにいたアメリカのエド・フランケルと、ヴァイオリンのワークショップでは2012年にも参加しているオーストラリアのアレックス・ポズニアックが良い作品を書いていました。在オーストリアの井上渚さんの作品は、ルトスワフスキ風の書法ながらもそれを独自的に巧みに用いた多層的な時間構成が、以前の自分の作品と共通する着想であることもあって、特に印象的でした。

講習会では、2013年に参加したオーストリアのInternational Summer Academy(ISA)も良いものでした。これは以前2009年に武生国際作曲ワークショップで教えていただいたイザベル・ムンドリーが講師を務めるというので参加したのですが、作曲枠は8人と小規模で、毎回の食事も講師のムンドリーも含めた親密な雰囲気の中で交流しながらの素晴らしいものでした。

器楽の部門もありそちらはクラシックが基本ですが、その中から新作初演のワークショップに参加した受講生が作曲家の新作を演奏するという企画となっていました。現代音楽の経験の少ない若い受講生が演奏するということで作曲者としては最初は不安もありましたが、幸い私の曲の演奏を務めた3人は皆モチヴェーションがとても高く、集中力の高い素晴らしい初演となり、またそれによって彼女たちは新作演奏部門賞を受賞することにもなりました。

ヨーロッパにいる間は、このように出来るだけ作曲講習会に参加するように心がけています。それもなるべく違う国のものをです。普段いる学校やその国の文化とは異なる新たな発見や刺激を得ることができます。

 

■2014年9月には、ジュネーヴのコルナヴァン駅の改装披露式にて、ビデオを伴ったアクースモニウム作品「Paysage」が初演されたとのことですが、こちらの作品についてお話しいただけますでしょうか。また、今堀さんはアクースモニウムによる電子音楽の上演をどのように捉えておられますでしょうか。

「Paysage」(風景)は、ジュネーヴ高等音楽院(HEM, Haute École de Musique)ジュネーヴ高等美術学校(HEAD, Haute École d’Art et de Design)とのコラボレーション企画によるものです。音楽は私が担当し、ビデオは美術学校の学生であるキャピュシーヌ・ビリーとクリステル・シルヴァ=タンカンが担当しました。作品のビデオはキャピュシーヌ・ビリーによりVimeoのサイトに公開されています。

ジュネーヴ音楽院は高等教育機関(オートエコール・スペシャリゼ Hautes Écoles Spécialisées)という教育機関に属しており、大学に準ずるものです。ドイツ語圏のホッホシューレ Hochschuleに相当し、スイス国内では両者は同一のものとみなされています。特にスイス・オクシダンタル(スイスのフランス語圏)のオートエコールはHES-soというネットワークを形成し、大学(ユニヴェルシテ Universités)も含めた幅広い共同研究、コラボレーションを実施しています。

ジュネーヴ・コルナヴァン駅の改装披露式ではジュネーヴ音楽院とスイス国鉄のコラボレーションとして、作曲科以外にも室内楽や古楽など様々なコンサートが行われ、私自身アクースモニウムだけでなく合唱でオルフのカルミナ・ブラーナにも参加しました。残念ながらこの時は駅という公共スペースで日光の映り込みも強くほとんど映像が見られない状態だったのですが、後日ジュネーヴ音楽院の一般開放日(いわゆるオープンキャンパス)でも私の作品が再演されました。

私は2005年にIRCAMで学んで以来エレクトロニクスを援用した作品を多く手がけていますが、そのほとんどは生楽器とエレクトロニクスのためのミクスト作品であり、アクースモニウム作品はごくわずかしかありません。しかしながらアクースモニウム作品を作る時にいつも考えていることは、(多くのアクースモニウムの試作に見られるような)その場の気分でのデザインとして音楽を作っていくのではなく、必ずどこかに全体を「数学的に」統括する部分があるということです。それは音響の加工のパラメータあるいは時間の管理であったり、またマクロやミクロであったりします。

今回はスイスのジュネーヴおよびイタリアのアッシジで録音した自然音を加工した作品ですが、全体の時間構成は平方根に基づいて徐々に引き伸ばされた長い小川の水音のトラックを用い、これを基礎としています。引き伸ばされていくにつれて水音は独自のものに変化していきます。これに鳥や虫の声を様々な比率で引き伸ばしたものなどが絡んできます。

トラックを引き延ばす作業は、ある一つのリージョンを均等に伸ばすだけならPro Toolsの中でも簡単にできることですが、平方根を用いて関数がカーブを描くように徐々に引き延ばす率を変えるということまでは出来ません。そこでOpenMusicで平方根の関数による数値リストを用意し、SuperVPというフェーズヴォコーダー・プログラムをOpenMusic上で操作し、音声を加工しました。

テープ音楽の中で最も私が尊敬し、常に念頭に置いているのは、先の2012年に亡くなったジョナサン・ハーヴェイMortuos plango, vivos voco(死者を嘆き、生者を呼ぶ)という作品です。

この曲はイギリスのウィンチェスター大聖堂の鐘と、その大聖堂で聖歌隊を務めていた作曲者の息子である少年の歌声の2つが素材として使われています。ハーヴェイが少年の歌声を素材に選んだのは、テープ音楽の黎明期の作品であるカールハインツ・シュトックハウゼンGesung der Jüngelinde (少年の歌)へのオマージュでもあります。

鐘の音と少年の声は、その倍音の比率によって、音響加工のパラメータが厳密に決められています。また全曲の時間構成には黄金比とフィボナッチ数列が用いられています。鐘の音が黄金比で小分割された時間の部分ごとの開始を告げ、各部分は変奏曲のように様々な音響加工のパターンが現れます。このように全てのパラメータが厳密に計算され管理されているにもかかわらず、全体は教会音楽を思わせるような美しい作品に仕上がっています。

カナダの専門雑誌Communauté électroacoustique canadienneのサイトにPatricia Lynn Dirksによるこの作品の詳細な分析が載っています。http://cec.sonus.ca/econtact/9_2/dirks.html

美しく、かつ普遍的な名作として歴史に記憶される作品というのは、このように美学と数学の均整が取れた作品であるべきだと思っています。もちろんそれはアクースモニウムに限らず音楽全般に言えることです。バッハやベートーヴェンは言うに及ばず、また私が作曲法として常に関心を寄せているスペクトル楽派の創始者の一人であるジェラール・グリゼーの作品も、常に倍音構造に数学的な根拠があります。

また私自身最近ローマに住み始めて、ローマ帝国時代の遺跡やルネサンス美術などを見るにつけ、比率の取れた均整的な美しさというものにますます魅力を感じているところです。今後もアクースモニウムにしてもミクストにしてもまた器楽のみの作品でも、常にそのような数学的な根拠を念頭に置きつつ作曲していきたいと思っています。

 

■2014年11月からローマに移られ、聖チェチーリア音楽院にてイヴァン・フェデーレ(Ivan Fedele)に師事しておられます。イタリアに移られた経緯やフェデーレのクラスにおける指導などお話しいただけますか。また、ローマに移られて日が浅いことと思いますが、ローマにおける電子音楽の状況など、お分かりになる範囲でご教示いただけますでしょうか。

ローマには2009年に自作が取り上げられたコンサートで初めて訪れた他、2012年にはアッシジのアーティストレジデンスに滞在し、またそれに続けてその近くのリエティでCompositというトリスタン・ミュライユが講師の作曲講習会にも参加しました。その後もスイスから地理的に近いのでプライヴェートな旅行で何度か訪れています。

またイタリア語もフランス語と良く似ており習得しやすく、スイスでも住んでいたレジデンスにイタリア人の同居人が数人いて、彼らと片言のイタリア語で会話したり、食堂で一緒にイタリアのテレビ番組を積極的に見たりしていました。このようにイタリアの文化には以前より関心を持っており、ジュネーヴ音楽院の初年度の作品であるピアノ協奏曲(ピアノとアンサンブルとエレクトロニクス)もイタリア語のタイトルをつけました。Illusione dell’acqua lucente(輝ける水の幻影)という作品です。

一方でイヴァン・フェデーレは、私がジュネーヴ音楽院に在学中に彼のマスタークラスと特集コンサートが開かれて個人レッスンを受けることができましたし(フェデーレは以前ストラスブール音楽院で教えていたこともあり、フランス語も堪能です)、また彼が若い頃IRCAMの研究員をしていて書籍も出版されていることもあり、もちろんずっと以前より彼の作風はよく知っていました。

ジュネーヴ音楽院を修了した後、当初幾つか他の道も考えていましたが、フェデーレがローマ聖チェチーリア音楽院の教授を務めていることを知り、また願書の期限が比較的遅かったこともあり、決意して受験したところ合格することができました。少なからぬ受験者の中から外国人でイタリア語も初級者である自分が選ばれたことに驚きもありましたが、ジュネーヴで書いた作品、特に上述のピアノ協奏曲について好評価のコメントを頂いたので、安心して新たな学生生活を始めることができました。

試験当日は朝から半日面接で待った挙句、合格発表後にわずかなコーヒー休憩を挟んですぐに授業が始まったのには面食らいましたが。面接の待合室に使われた教授会議室らしき部屋には歴代の音楽院長の肖像画が並んでおり、その中にレスピーギとルチアーノ・ベリオがいました。また作曲科の部屋はゴッフレート・ペトラッシのポスターやゆかりのものが飾られています。なにより音楽院の正面玄関にはパレストリーナの像があり、ローマ音楽院の歴史を思い起こさせます。そのような由緒ある場所へ来たことに、改めて襟を正す思いです。

フェデーレのクラスは、ジュネーヴのミカエル・ジャレルの個人レッスンとは違って、クラスの生徒全てを集団でレッスンします。幸いなことにクラスの生徒たちは皆クォリティの充実した作品を書いてきているので(初級者が多い故に集団レッスンで飽きてしまうという経験がかつてありましたが、そのようなことはなく)見ていて刺激されます。

またそこでの話題は、技術的なパラメータの数的管理が特に多いものの、それにとどまらず美学的な話題も多岐にのぼり、大変有意義なレッスンです。尤もフェデーレは私の番ではわからないところはフランス語で言い直してくれますが、当然ながら後は集団レッスンなので全てイタリア語で行われ、イタリア語初級者の自分にとってはなかなか大変です。

しかしながら、エレクトロニクスについてのまとまった授業はあらず、また学内にエレクトロアコースティックのためのスタジオはありません。これはジュネーヴとは大きな違いです。

ローマには11月から移住したばかりなのでまだ日が浅いですが、現代音楽のヌオヴァ・コンソナンツァ音楽祭の一環であるヴァイオリンとエレクトロニクスの演奏会を聴きに行きました。最初の頃はスイスを離れるための諸手続きでジュネーヴとローマを往復していたので、同音楽祭で行けたのはその時だけでしたが、プログラムを見る限り他にも興味深いものが多くあったようです。

IRCAMにいた頃の同期であるセヴァスチャン・リヴァスが現在フランス政府給費留学生としてヴィラ・メディチに滞在しており、21世紀美術館MAXXIの館内にて現在彼のサウンドインスタレーションが展示されています。建物の吹き抜けをうまく利用して多数のスピーカーを配置し、水の音を思わせる空間配置に凝った作品でした。

 

■2015年2月28日と3月1日にアンスティチュ・フランセ東京にて開催されるコンサート「Contemporary Computer Music Concerts (CCMC) 2015」では、入選作品として「Paysage」が上演されるとのことですが、9月に上演されたバージョンに手を加えられる予定はございますでしょうか。

基本的には同じヴァージョンを上演します。CCMCでは音楽のみで映像はありません。しかしながらアクースモニウムの演奏では定番である、多数の配置や指向性のスピーカーをフェーダー操作することが求められており、単なる固定ステレオ再生とは違った空間性のある演奏ができるので、今から楽しみです。

 

■今後のご予定やご計画など教えていただけますでしょうか。

今のところCCMC以外には未定ですが、聖チェチーリア音楽院の初年度の修了試験のためのアンサンブル作品を書く予定です。残念ながらエレクトロニクスは無しですが、基本的な作曲構造をOpenMusicで計算しながら作曲することは今までと変わりありません。その他、知人の何人かの演奏家とのコラボレーションも計画しています。

 

■今後のご活躍を期待しております。どうもありがとうございました!

 

◎コンサートのご案内
Contemporary Computer Music Concerts (CCMC) 2015
日程:2015年2月28日(土)、3月1日(日)
場所:アンスティチュ・フランセ東京
http://acsm116.com/

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JSEM電子音楽カレンダー/2015年1月のピックアップ

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年1月に開催されるイベントから、今回は杉並公会堂(東京)で開催されるコンサート「東京現音計画 #04 ミュージシャンズセレクション 2: 大石将紀」にて委嘱新作を発表される池田拓実さん、そして、2015年3月まで青森県立美術館で開催されている展覧会「青森EARTH 2014」に作品を出品されている松井茂さんをご紹介したいと思います。

池田さんに委嘱新作について、そして、松井さんに出品作についてのお話しを電子メールでお伺いしました。

 

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東京現音計画 #04 ミュージシャンズセレクション 2: 大石将紀
日程:2015年1月14日(水)18:30開場 19:00開演
場所:杉並公会堂 小ホール,東京

 

池田拓実さんインタビュー

 

■まず、2014年の池田拓実さんのご活動についていくつかお伺いしたいと思います。2014年は七里圭監督による映画作品の音楽を複数手掛けられています。「To the light 1.0」「音から作る映画「To the light 2.0」など、七里監督とのコラボレーション作品についてお話しいただけますか。

七里監督作品への参加は、2006年の「ホッテントットエプロン―スケッチ」ライブ上映に演奏者の一人として加わったことに始まります。この映画は全編を通じて台詞がなく、台詞に代わって侘美秀俊さんによる音楽がシーンの重要な要素となっており、ライブ上映ではその音楽をスクリーンに合わせて生演奏します。数回参加しましたが、最初私はPCで電子音を演奏していました。

その後、回を重ねるごとにピエゾピックアップや日用品、塩ビ管などの音具を扱うようになり、徐々にパフォーマンスの側面が強くなりました。当初は、電子音はサウンドトラックに任せても大差なかろうという考えによるものでしたが、そう言えばこの頃から、自分のその他のライブでもPC以外の要素が増えていったように思います。

こうしたライブ上映の延長で、サウンドトラック自体のアップデートを企図した2011年のサウンドリミックス版では、侘美さんと共に多数の音素材を新たに録音しています。通常、映画は一度完成すると大幅な変更は加えられないものと考えますが、七里作品においてはこうしたことが珍しくありません。

建築家の鈴木了二氏との共同監督作品「物質試行52:DUBHOUSE」(2012年)で初めてサウンドトラックを担当し、以後「To the light」連作、「映画としての音楽」へと続きます。「To the light」ではテスト映像を見ながら全く自由に演奏した音源が、ほぼそのまま使用されており、最初から映像作品として固定されたライブ上映のようでもあります。

「映画としての音楽」では、音楽から先行して映画を作るという監督の構想で、オスカー・ワイルド「サロメ」の日夏耿之介による翻訳「院曲撒羅米」の音楽化を行ないました。本年4月に7人のボイスパフォーマーとサウンドトラックによるライブ版を上演し、11月には映画版が公開されました。個々の楽曲については https://www.facebook.com/notes/547771908675618 に簡単な解説を記しています。

「院曲撒羅米」は三島由紀夫が台本に使用したとのことですが、三島が指摘したように難解な語彙と独特の響きを併せ持つ破格の文体で、その印象を元に声楽として再構築するにはどうすればよいか、ということで、ボイスパフォーマーのための作曲、録音と構成の作業を2年にわたって行ないました。作曲と言っても、最初の一曲(と多井智紀さんのヴィオラ・ダ・ガンバのパート)以外は全てテキストで、台詞を加工したり、ある規則に従って演じたり、発声法を指示したりしています。

とはいえ実際にパフォーマーにやってもらいながら、無理だと判明して修正したり、皆でアイディアを出し合ったり、監督が演出をしたりとどんどん変わっていくので、最終的には全員で作り上げた音楽と考えています。パフォーマーも全員がそれぞれの分野でコアな活動を行なっている方々なので、こちらの予想などは簡単に超えるような解釈を加えてきますし、当然のことながら皆さんの名演なくしては成立しない企画でした。

 

■2014年9月には、南アフリカで開催された電子音楽祭「Unyazi IV」に2チャンネルの電子音楽「Ukuphothela」を出品しておられます。フィクスド・メディアによるものと思われる、こちらの作品が制作された経緯など教えていただけますでしょうか。

「Unyazi IV」リスニングルーム・プログラムのために、キュレーターを務めるカール・ストーンさんからの依頼で新曲を制作しました。2週間という突貫工事でしたが、一つのサウンドファイルのピッチ検出データから全ての素材を生成する方法で作曲しています。フェスティバルでは1日1回、3日間にわたって上演され、12月には東京でも演奏する予定です。

タイトルのUkuphothelaは、南アフリカのンデベレ族の言葉で「ビーズ細工」の意味で、作品で用いた細かい音の集積を示唆しています。直前に国立新美術館「イメージの力」展で、ンデベレを含む各地の工芸品の実物に接したことも影響していると思います。展示では色や光についてのより広範な概念を見ることができ、音も同様に再範疇化することは可能か、というかねてからの問いに私の中では繋がっています。

ところでンデベレは、19世紀にオランダ系移民との衝突によって土地を追われ、一度民族が崩壊しています。そしてその後、民族の再統合を図るための象徴として、カラフルで直線的な意匠が特徴の住居の壁面装飾や、ビーズ細工などの装飾芸術を、およそ50年ほど前という、ごく近年になってから成立させたという特異な「伝統文化」を持っています。特に壁面装飾は、アートとしての認知や観光化の影響により、当初の民族的な意義からも遊離しつつあるようですが、新しい表現が現れる過程についての大変興味深い例と考えます。

 

■2015年1月に開催される「東京現音計画」のコンサートのために、サクソフォン、チューバ、ピアノ、打楽器、エレクトロニクスのための新作が池田さんに委嘱されています。現時点での新作の構想などお話しいただけますか。

ごく簡単に言えば、サックスのソロが核となり、他のパートが様々にこれを解釈するというものです。コンピュータ音楽的なトピックで言えば、まず今回は、楽器音に反応してプログラムが云々、というようなエレクトロニクスの用法は考えていません。むしろ自分のライブではよく用いる手段なのですが、自分一人ならば万一プログラムがコケても場をつなげられるという前提があります。今回、有馬純寿さんにお願いしようとしているエレクトロニクスのパートについては、ライブエレクトロニクスとしてはこれまであまり行なわれていなかったような、かつ、よりライブ感のあるものにしたいと考えています。

もう一つはサックスに関することですが、委嘱を頂いてから間もなく、大石将紀さんに楽器についてレクチャーをしていただき、その時に現代奏法の教則本をいくつか教えていただきました。そしてそれらを読みながら運指の問題などを考えているうちに、微分音、換え指、重音の全ての運指とピッチを検索できる簡単なデータベースを作ることに自ずとなりました。それから、単音の運指から類似した重音の運指を探す、条件に一致する指の動きから音型を作る、楽譜に運指を表示する、などといった機能をいくつか書いて、自作の作曲用プログラムに組み込んでいます。

ただ、通常意味がないと考えられている運指については、やはり教則本にも記載がないので、ピッチとの関係からキーの働きを推測するということもしてみました。思い余って楽器内部の気柱振動のシミュレーションについても少し調べましたが、高度な知識が要求される上に時間もないので今回は断念しました。漠然と理解した範囲では、指と出音との関係が全く線形的ではないということで、その意味では楽器の存在そのものが驚異と言えます。また、そもそもが不安定な重音などを音組織としてどう捉えるべきか、以前はよくわからなかったのですが、今回データベースを作ってみて音符とシームレスに扱えるようになったことで、何らかの視点を得たように思います。

よく尋ねられることですが、作曲もプログラミングも誰かに就いて習ったことはありません。なので詳しくは判りませんが、勿論こうした楽器の物理については研究されていると思いますし、作曲用プログラムの自筆についても、既にどこかに優れたツールが存在するはずで、自分のしていることはまさに四角い車輪の再発明かも知れません。しかし、ツールとイデオロギーが無縁ではないという考えもあって、結局は自分で作ることになります。

 

■近年の池田さんの活動はジャンルを超え、多岐にわたっていると思われます。今後のご予定・ご計画など教えていただけますか。

ライブのお知らせ等については http://de-dicto.net/wp または http://i9ed.blogspot.jp をご覧頂ければと思います。現時点で大きな予定は今のところありませんが、まずは1月の初演に注力したいと思います。

活動の幅に関して言えば、現在はライブを中心に行なっていますが、最近はそのうちのいくつかで“音を出すことを目的としない”ということを考えています。例えば、今年9月に声のアーティストで映像・造形作家の山崎阿弥さんと共演した「魔方陣と召喚獣」では、ロープの“演奏”とか、“音をロープのように扱う”などといったことを試みています。まるで頓知噺の様相ですが、自分ではこれを概念の上書きと考えていて、音だけの作品であってもそうした要素を含めたいと常々考えています。

それと、今回は委嘱を頂きましたが、記譜による作曲についてももう少し取り組みたいと考えています。具体的な計画はまだありませんが。

 

■初演のご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました!

 

◎コンサートのご案内
東京現音計画 #04 ミュージシャンズセレクション 2: 大石将紀
日程:2015年1月14日(水)18:30開場 19:00開演
場所:杉並公会堂 小ホール,東京

・Stefano Gervasoni / Rigirio per sassofono baritono, percussione e pianoforte (2000)
・細川俊夫 / Vertical Time Study II for tenor saxophone, piano and percussion (1993-94)
・Brice Pauset / Adagio dialettico pour saxophone, percussion et piano (2000)
・川上 統 / 羅鱶 サクソフォン、チューバ、エレクトロニクスのための (2013)
・池田拓実 / 新作委嘱 サクソフォン、チューバ、ピアノ、打楽器、エレクトロニクスのための (2014)

有馬純寿: electronics, 大石将紀: sax, 神田佳子: perc, 黒田亜樹: pf, 橋本晋哉: tub

 

 

 

pamphlet
青森EARTH 2014
日程:2014年12月2日(火)〜 2015年3月22日(日)
場所:青森県立美術館

 

松井 茂さんインタビュー

 

■松井さんにも、まず、2014年のご活動についていくつかお伺いしたいと思います。2014年3月にはカリフォルニア大学にてシニギワ名義による作品「Roadside Picnic」が公開され、この作品は2014年6月には東京のNADiff galleryでも展示されています。「Roadside Picnic」は、2012年12月に「AMC SOUND PROJECT 2012」にて公開されたバージョン、2013年3月に日本電子音楽協会のイベント「時代を超える電子音楽」にて上演されたバージョン、そして、2014年3月にリリースされたDVD版など、さまざまな機会に形を変えつつ発表されてきています。長嶌寛幸さんとのコラボレーションによる「Roadside Picnic」という作品の変遷などについてお話しいただけますか。

松井 シニギワは、もともとライブ・エレクトロニクスでレクチャーをするバンドという活動としてはじまりました。しかし「Roadside Picnic」は、当初のテーマから踏み出して、はじめからサウンド・インスタレーションとして制作して、それが最終的に映画になったわけです。例によって、長嶌さんとの雑談が、ワーク・イン・プログレスみたいに展開したということなんです。雑談ですから、論理的な展開でもないのですが、暫定的な主題は、3つあったと振り返っておきたいと思います。

雑談その1。アクースモニウムというのがありますけど、私見では、再生環境がフレキシブルすぎるというか、その場その場で変わりすぎる印象を持っています。どれほど作品のアイデンティティがあるのか、あるいはオペレーションこそを作品としているのか、僕にはいまひとつわからない。音響システムも、最終的にはなんでもいいってことなのだろろうかと思えてしまう。もちろん挑発的に言ってるんですけどね(苦笑)。いずれにしてもシニギワは、いわゆるアクースモニウムはやらない方針で考えてみようということになりました。それで長嶌さんの領域であるところの映画館のサウンド・システムは、近年かなり規格化されているわけで、高いクオリティで安定した環境になっていることを改めて自覚したわけです。それで、再現性の高い、映画のサウンド・デザインという領域で、映像無しのサウンド・インスタレーションを試すことにしました。

雑談その2。シニギワのもともとのコンセプトはレクチャーですから、音声をテーマにしているわけです。音声の調整によって、抑揚の伸縮は、何かを読み上げるような台詞的なニュアンスや朗読、あるいは即興的な対話風とか、ときには歌のようにもなります。こうした口語のフォームを複数あつかっているわけですね。映画のサウンド・デザインは、映画館のサウンド・システムに対応した文法があります。例えば台詞は前のスピーカーから出てくると決まっている。物語映画であれば、明確な台詞と、環境音や音楽を分離する文法が明確にあるわけですけど、弁別し難い音声、あるいはフォームからフォームへの移行をシニギワはテーマにしています。だから映画のサウンド・システム上で、こうした文法を批評的にあつかってみようと考えたわけです。映画の文法に親和性と対立を持ち込む挑戦だったわけです。

雑談その3。映画館のサウンド・システムを前提にインスタレーションをつくったわけですが、サウンド・デザインは、通常ポスト・プロダクションとよばれる作業です。つまり、映画本来のワークフローで考えれば、最後を最初にやってしまった。サウンド・デザインの文法に挑発的に関わるのだから、ワークフローに対しても挑戦してみようということで、あとから映像をつけるということになって、映画監督の加藤直輝さんに依頼することにしました。

こんな具合で、サウンド・インスタレーションからはじまってスクリーニングにもなったという数奇な作品です。ロードショーでもダウンロードできますが(http://loadshow.jp/film/48)、2015年の恵比寿映像祭で上映される予定なので、ぜひ劇場で見て、聴いていただきたい。蛇足ですが、シニギワのデビューは、2012年の恵比寿映像祭でのライブでした。ライブ・エレクトロニクスが映画になってしまったわけですが、またライブもしたいと思っています。

 

■2014年4月にリリースされた嶽本野ばらさんのCD、「初音ミクの結婚」には松井さんの「量子詩」が使用されています。このCDに松井さんの詩の朗読が収録されることになった経緯など教えていただけますか。

松井 殆ど僕は関わってないんですよね。嶽本さんがどういうきっかけで興味をもってくださったのか、よく知らないのですが、熱烈な連絡をいただきありがたいなと思いました。僕、初音ミクとかに詳しいわけではないので、これは音楽になってしまうのかと思っていたら、ちゃんと(?)朗読していて驚きました。「量子詩」は天気予報で構成した詩ですからシミュレーションなわけで、人間が朗読するよりも、ヴァーチャルな手法という意味で、絶妙な組み合わせになった気がしています。非常に気に入っていますよ。いまでは最初から自分が関わっていたかのように吹聴しています(笑)。

 

■2014年12月から2015年3月にかけて青森県立美術館にて開催される「青森EARTH 2014」という展覧会に、「松井茂+王子直紀+仲井朋子」という名義で作品をご出品されるとのことで、青森県立美術館のウェブサイトでは「青森の縄文を代表する遺構の一つ「環状列石(ストーンサークル)」を切り口に縄文と現代を往還する世界認識のあり方について問う」展覧会であると紹介されています。松井さんのチームが出品される作品の、現時点での新作の構想などお話しいただけますか。

松井 美術館の依頼は、初音ミクの「量子詩」でした(笑)。まぁ、「量子詩」の予報を予言としてみれば、縄文のシャーマニズムとシミュレーションはなんらかの現在性をあらわすわけです。ただ経験的に量子詩って、展示には向かないのですよね。メールで配信している分にはいいのですが、展示としては見せ方が難しい。文字を出力して額装したりということを昨年も栃木県立美術館の展覧会でしましたが、どうも釈然としない。そういうこともあったので、青森には、音声詩「時の声」を提案しました。テーマとの接点としては、僕自身の「時の声」の人工的な呪性みたいなニュアンスもありますが、タイトルに引用(盗用?)しているJ・G・バラードのSF小説『時の声』に遡って、時間とメディアを考えられれば、縄文という時空的な距離を、『時の声』がテーマとする宇宙規模の空間性と関連づけて考えられるのではないかと提案しました。

僕の「時の声」は、音声による記録と痕跡のメディア性を作品とするようなコンセプトです。音楽的な観点でいえば、録音という作業は、口承でも可能だし、当然記譜もできるし、文字でよりニュアンスを記述することも可能で、さらには写真でもできる。環境音がなんらかの場の記録であるとすれば、こうしたメディア間の変換作業において、記録の捨象あるいは抽象化を行ってきたことは、古来からの芸術の主題であるミメーシスの問題構成に他なりません。そうしてメディアを相対化することが、複製技術時代以降の芸術ではより顕著になっているわけですね。絵画の歴史だって、実像に対して虚像がいかに自立した人工物になりえるかという性格を見出せるけれども、写真、映画、放送、電子音楽、印刷技術などは、メディアそれ自体がもろに虚像を主題としてきたわけです。特に電子音楽においては、ミュージック・コンクレートは先鋭的な虚像へのアプローチだったはずで、音声詩「時の声」の着想もそのへんにあります。環境音を音楽に、音楽を詩に転写していくような、メディアの変換の間に作品性が漂って、オーディエンスは常になにかを補完しながら、自ら再生機械の役割を帯びるわけです。

今回の展示では、王子直紀さんが撮影した写真──2010年の展示記録でもあり、詩集に使用したイメージだからレイアウトされた紙面でもある──と、仲井朋子さんによるサウンド・インスタレーションを準備しています。仲井さんは、展示会場で写真の「時の声」を視聴する──内部観測する──オーディエンスの足音を入力として、写真が保持する実像の外延をスキャンしているといえるでしょう。オーディエンスは、仲井さんのメディエーションによって、詩を読む身体を自ら感知することになるわけです。僕としては、インタラクションということよりも、「時の声」を読む身体の共震の意識化を狙いと考えたので、今回はライブ性にこだわってみました。展示場所が通路のような空間なのですが、この場自体が、ライブ・エレクトロニクス作品のようになれば、と思います。とは言え、いまこのインタビューに青森で搬入しながら応えている次第で、うまくいっているのかはまだわかりません。ぜひ、青森まで来て、事の次第を確認していただきたい。

 

■近年の松井さんもテレビ研究、建築などの多彩な方面でもご活躍されています。今後のご予定・ご計画など教えていただけますか。

松井 僕の研究は、基本的に批評として行っているつもりで、批評自体、メタ的な意味ですが、詩だと考えています。特にメディアへの関心は、記号論的な構造分析への抵抗みたいなもので、いわば装置とか、器官みたいな捉え方で詩を捉える方法として考えはじめた気がします。

例えば「テレビ」という語は、記号論的な分析だと「放送システム」「番組」「モニター」の3つに弁別していきますが、テレビ・メディアってむしろ弁別できない包括的な器官として捉えないと意味無いわけですよね。メディアに注目することで、絵画やテレビ放送、詩やデザインを、あえて同列に並べて、混沌としたまま捉える方法を見出したい。その表明にあたっては、研究の形式をとることもあれば、音声詩の形式をとることもありうるわけですね。当然のことですが、僕にとっては、それぞれが相関関係を持っているわけです。そういった観点では、電子音楽は放送文化というマス・メディアを基盤にして登場した分野ですけれど、それ故にプロデューサーと作曲家とエンジニアがいて、ときには詩人も関わるといった、組織的な作品として成立します。研究の第一段階としては、この役割分担を解体して、個別のテクノロジーを検証したり、個人の作業に還元するわけだけれども、僕自身の目的としては、どうして領域横断的に、包摂的な作品が構成されたのか? 特に1960年代の電子音楽に見られる、作品のオーガニックな性格の背景を探りたいわけです。

例えば、先述した「Roadside Picnic」も、勅使河原宏が監督した『白い朝』(1964年)をリファレンスしているとも言える。それはつまり、武満徹(作曲家)と奥山重之助(エンジニア)が先にサウンド・デザインをして、安部公房(作家)が脚本を書いて、最終的に映画が完成した。こういうことを検証するために、奥山さんにインタビューもしますし、自分たちでも制作を通して考えてみたわけです。いずれにしても、現在の芸術において、メディア・テクノロジーを相対化しないわけにはいかないはずで、メディア・アートという語も定義不能な死語の領域に入るくらい、通常のアートに包摂されてきていると思います。電子音楽にも似た状況があるはずで、コンピュータを介在しない作品のほうが珍しい。そうなってきたことで、僕は、スタッフの編成を含めて、ワーク・フロー考えるところから制作をしてみたいと思っているわけです。そういう際にコミュニケーションの手法として、研究ということが含まれているような気もします。論文か作品かと分類することは、あまり意味がなくなってきているのかもしれませんね。

以下は宣伝になりますが、いま手がけていることとしては、青森の展示の他に、監修した「磯崎新12×5=60」展(ワタリウム美術館)が2015年1月12日まで開催しているのでお運びいただきたいのと、2月に、松平頼暁さんの作曲で「A person has let the “Kelly” out of the bottle」という合唱曲が初演されます。『洪水』の松平頼暁特集に掲載した詩です。この詩はアリスをテーマにしたイベントのために書いたもので、以前から継続している、検索エンジンと翻訳ソフトで生成した作品です。たぶん合唱団を使うけど、声を合わせない曲に仕上がっているんじゃないでしょうか。

 

■展覧会のご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました!

 

◎展覧会のご案内
青森EARTH 2014
日程:2014年12月2日(火)〜 2015年3月22日(日)
場所:青森県立美術館

■第1部 豊島弘尚
■第2部 菅谷奈緒,松井茂+王子直紀+仲井朋子,松江泰治,村上善男,吉増剛造

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JSEM電子音楽カレンダー/2014年12月のピックアップ

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2014年12月に開催されるイベントから、今回はアンダースロー(京都)で開催されるレクチャー「 フォルマント兄弟 音/声が生まれる!」をピックアップいたします。

このレクチャーにご出演される「フォルマント兄弟」の弟、佐近田展康さんに、今回のレクチャーについてのお話しを電子メールでお伺いしました。

 

■佐近田さんと三輪眞弘さんによるユニット「フォルマント兄弟」は、「結成以来一貫して独自に開発した音声合成システムを人間の手で操作(演奏)し、リアルタイムで発話/歌わせる試みを続けてきた」とあります。フォルマント兄弟による活動の軌跡は、2013年3月にご発表された論文「『兄弟式リアルタイム音声合成演奏システム』の概要と背景」にまとめられております。この論文をまとめられた2013年以降、フォルマント兄弟はどのような活動をされてきたのかお話しいただけますか。

フォルマント兄弟は、この3年ほどのあいだMIDIアコーディオンで人工音声を喋らせる/歌わせる研究に没頭して来ました。その一番大きな成果として「兄弟式〈国際〉ボタン音素変換標準規格」を発表したのが、2013年5月でした。

アコーディオンにはたくさんのボタンがあり、ピアノ式鍵盤もあり、さらに呼吸や発声を直観的に連想させる蛇腹がありますね。人工音声をコントロールするインターフェイスとしてはドンピシャなので以前から兄弟は注目していたのですが、科研費研究として採択されたことで進めることができました。

ローランドVアコーディオンというMIDI対応電子アコーディオンを使って、左手のボタンで言葉の音素(/a, i, u, e, o, ka, ze, byo…/など)を選択し、右手の鍵盤でメロディや抑揚を、そして蛇腹で音量や声の張り具合をコントロールしようとしたわけです。

苦心したのは左手ボタンにどのようなルールで音素を割り当てるかで、紆余曲折の結果、「12個の子音ボタン+動的に決まる母音ボタン」のコンビネーションの発想にたどり着きました。そうしてみると、子音ボタン単独発声とか複数の母音ボタンを同時押しする中間母音、蛇腹だけ動かす呼吸音など、次々と連鎖的に発想が広がって、原理的には日本語だけでなく外国語にも拡張可能な配列ルールへと発展したのです。これはMIDIキーボードをインターフェイスにしていた時代にはなかなか考えつかなかったことですね。

Youtubeにアップしているビデオ『フォルマント兄弟の長くまっすぐな道』では、これまでのフォルマント兄弟の道のりやMIDIアコーディオン規格の具体的内容を分かりやすく解説していますのでご覧下さい。

 

またMIDIアコーディオンで歌うムード演歌『夢のワルツ』スタジオ版では、岡野勇仁さんが演奏しているボタンがアニメーションによって表示されます。

 

それと、ついこの間の11月8日に、いずみホール(大阪)で行われた「TRANSMUSIC──三輪眞弘を迎えて」では、『夢のワルツ』をオーケストラ伴奏で演奏するというまさに兄弟の「夢」が実現しました! ぼくも演奏家としてオーケストラに混じってギターを弾いたのですが、ホントに気持ちよかったです。また、兄の三輪さんの新作『万葉集の一節を主題とする変奏曲』でも岡野勇仁さんが演奏する兄弟式人工音声の歌唱が大きくフィーチャーされました。

 

■今回のレクチャーは「地点」という劇団による「カルチベート・プログラム」という催しの一環として開催されます。「地点」の特徴のひとつとして、「地点語」と呼ばれる独特な発語による上演が行われていることが挙げられると思います。今回「地点」からの招聘で、フォルマント兄弟がレクチャーを開催される意義について、どのようにお考えでしょうか。

イェリネク作『光のない。』の音楽監督を三輪さんが担当した関係で、ぼくは初めて地点の演劇を見たんです。もういきなり殴られたような衝撃を受けました。冒頭のシーンで、ワタシ/アナタ/ワタシタチ/アナタタチという言葉が執拗に繰り返され、「地点語」と言われる特異なイントネーションの発語で異化され、言葉の意味が解体して行くわけですね。

この4つの語、4つの概念を隔てる境界のゾっとする深淵が垣間みれるような、あるいはその差異が無化されるような、平気で意味が消えたり入れ替わったりするような、こうしたことが次々と起るショックな体験でした。喩えが変ですが、この4語を鍋に入れてじっくり加熱したら、ひとつのものだったはずの言葉が、意味/音/声/身体へと分解し始め、ねじれた化学反応を起こすような…そんな感じです。声が言葉として意味を担うということが、とても不思議で危うく思えて来るのです。

それですぐにピンと来ました。人工音声を作ったり歌わせたりしているときに兄弟がいつも体験している音/声/言葉の認知問題とすごく似ている。劇団地点のように役者さんの発声やイントネーションをあえてモディファイすることや、兄弟がやっているように声をゼロから作って発声そのものを技術的な方法であえて迂回することは、あまりにも身近で当たり前すぎる「声」をあらためて意識化し、その根源に遡及するような行為だと思うんです。

そうすることによって、《音》が《声》になり《言葉》になるギリギリの境界線上で考え、表現する…そこが共通しているように感じたのです。ですので、お題としていただいた「音/声が生まれる!」というレクチャー・タイトルは(2語を分割するスラッシュ記号を含めて)とても象徴的だと思っています。

 

■「音/声が生まれる!」というレクチャーの内容やその形態について、現時点でのご予定などお話しいただけますか。

当日は兄弟に加えて演奏家の岡野勇仁さんにも東京から来ていただきますので、お話と演奏で構成することになると思います。内容はまだ兄と相談してないのですが、やっぱりタイトル通りに「音/声」の境界の話は入って来るでしょうね。もう少し言えば「音/声/言語」の境界やそれを飛び越える体験の話でしょうか。

兄弟の人工音声で紡ぐ言葉は、自分たちの耳にはちゃんと聞き取れているのですが、お客さんには「何を言っているのか分からない」といつも言われます(苦笑)。これでも作品ごとに音素パラメータを改良して識別度を上げる努力は重ねているんですが、確かにお世辞にも聞き取りやすいとは言えません。ただ、この時、お客さんはとても重要な体験をしているハズなんですね。それは「音/声/言語」の境界を行きつ戻りつする体験です。

例えば、ブザー音にしか聞こえなかった《音》が、ある瞬間に《声》として聞こえるようになる。そうなると「言語スイッチ」とぼくが呼んでいるものが自動的に入って、何を言っているのか《言葉》を聞き取ろうとする構えになる。

このスイッチのON/OFFは自分の意志でコントロールできない自動的なプロセスで、いったんONになっちゃうと、今度はもう《音》として聞くことはできなくなります。これって大袈裟に言えば、言語動物としての人間存在の核心部分に触れる体験で、しかも現実の音声コミュニケーションでは決して露呈しない部分に技術を使って触れているわけです。この辺りの話をじっくり踏み込んで話したいなと思っていますし、できればお客さんにもこのスイッチの体験をしてもらえればいいなと思います。

 

■フォルマント兄弟の今後のご予定や目標などについて、佐近田さんからの視点を教えていただけますでしょうか。

ぼくはフォルマント兄弟の活動を大きく2つの方向に整理できるように思っています。

まずひとつ目は、人工音声を人間の手で演奏しリアルタイムに喋らせたり歌わせたりする活動です。MIDIキーボードで演奏する『兄弟deピザ注文(2003)』に始まり、『NEO都々逸(2009)』、そしてMIDIアコーディオンによる『夢のワルツ(2012)』へとつながる路線です。

ここでは《声》を構成する膨大な要素をどう楽器インターフェイスに当てはめて行くかというプラクティカルな課題を通じて、マン・マシン・インターフェイスと身体性の問題、声を五線譜で記譜することの意味、楽譜を見れば10本の指が動く制度化された身体、「規格」を定義することの政治性…などの問題群が立ち上がります。

2つ目はわれわれが「メディアの亡霊性」と呼んでいるテーマです。作品としては録楽+論考作品『フレディの墓/インターナショナル(2009)』、インスタレーション作品『フォルマント兄弟のお化け屋敷(2010)』がそれに当たるでしょう。なぜ「亡霊」なのかと言えば、何よりも《声》には必ずそれを発する「主体」がなければならないという本質論です。

ただの《音》が《声》に聞こえた瞬間、それがどんな機械っぽいチープな人工音声であれ、「声主」の存在が立ち現れてしまう。声とは避け難くそのような現象で、主ぬきの声というのは経験的にも原理的にもあり得ないと思うんですね。じゃ、明らかに機械的に聞こえる人工音声の主体っていったい何だろう? ここに「亡霊」としか呼びようのない存在を深く考える契機が生じ、そしてこれは人工音声に限った話ではなく、メディア・テクノロジー全体に広がる巨大な問題系を照らしている。

でも最近、MIDIアコーディオンを使っていて、この2つがいよいよ融合するような感覚があります。キーボードに比べてアコーディオンで歌わせる人工音声は、格段に生々しいんですね。まずは蛇腹の効果がとても大きい。さらにキーボードだとどうしても登録された音素データをスイッチで呼び出すような発想/聞こえ方になるんですが、新しいボタン規格では演奏者の指に発音を委ねる部分が多くて、その場で肉体的に声を生み出している感じが強い。

この「生々しさ」は、奇妙な体験を引き起こします。膝の上に人工的な発声器官を乗せてコントロールしているというより、別の主体が演奏者の身体を使って声を発しているような錯覚です。これが亡霊の受肉化なのか、ホムンクルスのようなものなのか…いまだにスッキリした答えは見つかっていないのですが。

今後の予定については、まだ具体的に何も決まっていません。「ポルノ映画のアフレコを付けよう。もしそれで興奮させられたらぼくらの勝ち!」などと飲みながら言ってますがどうなるか。ともあれ、意味のある言葉や歌詞を明瞭に発声させる興味より、祈祷とか、イタコとか、恍惚の喘ぎとか、狂声とか、非言語的な声の表現の方に二人とも関心を持っているようです。

 

■レクチャーのご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました!

 

◎レクチャーのご案内
地点 カルチベート・プログラム レクチャー2 音/声が生まれる!
日程:2014年12月21日(日)15:00-18:00
登壇:フォルマント兄弟(三輪眞弘、佐近田展康)
場所:アンダースロー,京都
http://chiten.org/underthrow/archives/13

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「電子音楽なう! vol. 4 in 名古屋」 その2

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2014年11月に開催されるイベントにつきましては京都芸術センターで開催されるコンサート安野太郎のゾンビ音楽『死の舞踏』」をすでにピックアップいたしましたが、日本電子音楽協会の主催により11月22日に開催されるコンサート「電子音楽なう! vol. 4 in 名古屋」 も特別篇として取り上げたいと思います。

先日公開いたしましたその1に引き続き、その2として、このコンサートにご出演される石上和也さん、佐藤亜矢子さん、水野みか子さんに、今回のコンサートについてのお話しを電子メールでお伺いしました。

 

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電子音楽なう! vol.4 in 名古屋
2014年11月22日(土) 開場:18:30 開演:19:00
会場:KD Japón
料金:¥2,000(+1 Drink Order)
出演:水野みか子、大谷安宏、吉原太郎、石上和也、Mimiz(鈴木悦久、飛谷謙介、福島諭)、渡辺愛、佐藤亜矢子
主催:日本電子音楽協会
協力:富士電子音響芸術祭、KD Japón

 

 

石上和也さんインタビュー

 

■日本電子音楽協会との関わりについて教えていただけますか。

日本電子音楽協会には、2012年5月に吉原太郎さんと由雄正恒さんのご紹介で入会いたしました。今年の2014年7月には、神戸のCAP CLUB Q2にて「電子音楽なう! vol. 3」を企画いたしました。

また、協会からの後援事業として「Full Space」「ユノ・デラ・イブ」を企画いたしました。

 

■今回の「電子音楽なう!」で演奏される作品の内容や、上演の形態について、現時点でのご予定などお話しいただけますか。

今回上演する「YAOYOROZU 8ch-ver」は、タイトルに記載どおりの8chマルチの作品です。現時点では、ラップトップコンピュータによる即興+有る程度作りこんだ電子音響パートによるミックスになるかと思いますが、ひょっとすると自作シンセ・システムも使用するかもしれません。

作品のテーマは(こちらもタイトルどおりですが)、2009年頃から一貫したアクースマティック作品のテーマでもある「神仏」です。「八百万の神」に感謝する気持ちで演奏したいと思っております。

 

■「電子音楽なう!」は広い意味での電子音楽の「現在」を提示するイベントなのではないかと思います。ご自身の作品における「現在」の要素について教えていただけますでしょうか。

現在は、やはり過去があってのことなので、過去に頂いた様々な恩恵を大事にしていきたいと思いながら日々活動するように心がけています。

自分自身の作品への取り組みとしては、非常にありきたりかもしれませんが原点回帰といいましょうか、例えば自分にとってのネイティブ性とは何か、という事を意識するよう心がけています。

 

■聴衆のみなさまに向けて、一言お願いいたします!

音楽に「電子」という冠が付くことによって、どうしてもマイナスイメージを持ってしまうというご意見を頂くことがありますが、実際に体感されると好反応を頂くこともあります。

「電子」という冠で一括りに捉えられない、様々な音楽家による様々な音楽を、是非お楽しみいただけばと思います。

 

 

佐藤亜矢子さんインタビュー

 

■日本電子音楽協会に入会した経緯や会員歴など、協会との関わりについて教えていただけますか。

2011年末に宮木朝子先生からのご紹介で入会しました。私にとっては丁度、数年の空白期間を経て2度目の修士課程に入学した年=本格的に音楽活動を再始動した年、という区切りの年でした。

協会関連行事としては、2013年3月に開催されたJSEM 20周年記念事業「騒音芸術百年」コンサートにて、映像付きの電子音響音楽作品を発表しました。また、後援イベント「U:Gen」出演や、JSEMに縁のあるJSSA(先端芸術音楽創作学会)にも学生会員として所属し、研究発表を行っています。

 

■今回の「電子音楽なう!」で演奏される作品の内容や、上演の形態について、現時点でのご予定などをお話しいただけますか。

「騒音芸術百年」で初演した《線の記憶》から継続している線シリーズ第4作です。或る「線」を巡って2年前から毎年、レコーダー片手に旅をしています。旅の道すがら、あるいは辿り着いた先々で録音した音のみを素材にし、線シリーズとして作曲を続けております。

それらは個人的な記憶の回顧録のようなものです。旅先の風景が朧げに見え隠れするような断片を象徴的に挿入し、しかし具体的な行き先を決して聴衆には告げない。他の誰でもない「私の旅」の轍のようなもの。

2chフィックスト・メディアの電子音響音楽作品として、アクースモニウムで上演します。

 

■「電子音楽なう!」は広い意味での電子音楽の「現在」を提示するイベントなのではないかと思います。ご自身の作品における「現在」の要素について教えていただけますでしょうか。

その時だからこそ描写できる音の模様/造ることの出来る音の建築物として、常に「私」の「現在」を表出しようと試みます。それは上演手段や技術面での斬新さ/現在性を媒介した試みではなく、大小様々な意味での「社会」の反映と、それを咀嚼出来たり出来なかったりする葛藤のプロセスそのものだと感じます。

線シリーズは今回の《線に風窓》含め4曲(+番外編1曲)作曲してきました。線の二人旅は今後も続けますが、その都度「私」は出会う物事に当惑したり歓喜したりしながら、「現在」の自分を削って作品に仕上げていくのだと思います、有能な相棒(レコーダー)と共に。

 

■聴衆のみなさまに向けて、意気込みなどをひとことお願いいたします!

私はこの「なう」を、現在進行形の電子音楽を「真面目に/気軽に」「味わう/考える」イベントだと位置付けています。活発な議論や疑問がここで生まれれば嬉しいですし、そうして聴衆と音楽家が一緒になってシーンを活性化させて行ければ素晴らしいことだと思います。名古屋で、皆様と全力でぶつかり合えたら光栄です。

 

 

水野みか子さん アンケート回答

 

電子音楽協会には1993年ころから入れていただいて、第3回定期演奏会から参加させていただいております。会員歴20年以上ということになりますが、この20年の間にはいろいろなことがあり、JSEM会員が減少傾向でとても心配したころもありました。さいわい、この数年は、新入会員の方も増えてきており、頼もしい限りです。

「電子音楽なう!」は,元来、若者の催しだと思っていたのですが、鈴木さんからお声かけいただき、恥ずかしながら参加させていただくことにしました。今回の作品「Trace the City」は、私としましては久しぶりの、楽器や声の演奏家がステージに上がらない作品です。私自身がMacBookを触って演奏(?)するものです。

いちおう「演奏」なので、本番前には「稽古」をするのですが、システムを組み上げて動作性をチェックしたり改変したりしていると、「稽古」のタイミングがどんどん短くなってしまいがちですので、自分でタイムリミットを決めて、「稽古」の時間を確保するよう努めました。

ステージ上の演奏家とコラボするときも同じなのですが、リアルタイムでシステムを動かす作品では、作曲過程は「楽器製作」のような過程でもあり、いかにして効率よく演奏意図を出せるか、がシステム練り上げることにつながると思います。もちろん今回は、演奏家がいませんので、「楽器」も簡易なものではありますが。

今回の作品「Trace the City」には、俳優で劇作家のモリリンタロウさんが登場なさいますが、本番では彼は会場におられません。2015年夏の予定で名古屋市政70周年を祝うコンサートを企画しているので、そのとりにはリンタロウさんにご出演いただくといいなあ、と考えています。もちろんそのためにシステムを作り直すわけですが。

この作品では,視覚的要素に連動する形で音が生み出される部分があり、会場には「スコア」を投影します。視覚と音楽要素との関わりについてこれまでもいろいろ試してきましたが、今回のような連続変化のものについては初めてです。音声ファイルはProTools 11で構築するのですが、ProToolsは10あたりから(と思いましたが)、格段に操作性があがり、音声処理の頑健さがすごいです。ライヴ演奏では今回はProTools 11そのものはつかいませんが、音の遠近、移動、周波数操作などなど、表現したいことをサクサク試してみることができるのがとてもありがたいです。

ハポンは,小さいですがとても雰囲気のよいハウスです。この特別な空間での特別な音楽をお楽しみください。よろしくお願いいたします。

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「電子音楽なう! vol. 4 in 名古屋」 その1

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2014年11月に開催されるイベントにつきましては京都芸術センターで開催されるコンサー ト安野太郎のゾンビ音楽『死の舞踏』」をすでにピックアップいたしましたが、日本電子音楽協会の主催により11月22日に開催されるコンサート「電子音楽なう! vol. 4 in 名古屋」 も特別篇として取り上げたいと思います。

その1として、このコンサートにご出演される渡辺愛さん、吉原太郎さん、福島諭さんに、今回のコンサートについてのお話しを電子メールでお伺いしました。

 

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電子音楽なう! vol.4 in 名古屋
2014年11月22日(土) 開場:18:30 開演:19:00
会場:KD Japón
料金:¥2,000(+1 Drink Order)
出演:水野みか子、大谷安宏、吉原太郎、石上和也、Mimiz(鈴木悦久、飛谷謙介、福島諭)、渡辺愛、佐藤亜矢子
主催:日本電子音楽協会
協力:富士電子音響芸術祭、KD Japón

 

 

渡辺 愛さんインタビュー

 

■日本電子音楽協会との関わりについて教えていただけますか。

日本電子音楽協会(JSEM)には2011年の末に入会しました。入会してすぐの2011年12月25日にJSEMコンサート「たいせつな人と聴く電子音響音楽」へ出演する機会を得、ピアノと電子音響の混合(ミクスト)作品を榑谷静香さんのピアノで発表しました。

その後2013年3月にはJSEM創立20周年記念事業として「騒音芸術百年」というコンサートを企画しました。ルイージ・ルッソロの「騒音芸術宣言」から丁度百年というメモリアルイヤーにかこつけた構成でした。またJSEMの後援事業としては吉原太郎会員の主宰する「富士電子音響芸術祭」をはじめ、「U::Gen」「CCMC」にも度々出演しています。

 

■今回の「電子音楽なう!」で演奏される作品の内容や、上演の形態について、現時点でのご予定などお話しいただけますか。

今回は先立って11月9日に東京で行われる「町井亜衣フルートリサイタル」で委嘱を受けているフルート独奏のための新作「十年の旅 Voyage à travers la décennie」をソースに、電子音響にアレンジした作品を発表する予定です。フルートとの混合作品ではなく、メディアに固定した形態をとります。

十年というのは町井さんのフルーティストデビュー十周年に対するオマージュなのですが、2004年は私が初めてアクースマティック音楽を学ぶためにフランスに渡って本格的に作品制作をした年なので、電子音響音楽の自分史としても節目の十年だと考えています。

 

■「電子音楽なう!」は広い意味での電子音楽の「現在」を提示するイベントなのではないかと思います。ご自身の作品における「現在」の要素について教えていただけますでしょうか。

私の作品は録音技術を用いた音楽です。ジャンルやスタイルとしての現在性は特にないと思いますが、録音された音楽を扱うことを今改めてシビアに問い直したいと切実に思っています。

素材の言表するもの、作者・受け手との関係など…録音は現実を具体的に捉えることができ、即時にパッケージすることができるように勘違いしてしまいますが、言うまでもなく“現実のほうがより現実的”なのであり、その記録を聴き直した刹那、即時は“かつて即時だったもの”として腐敗します。

今聴こえている物音すべてを録音物に替えて生きていくことはできません。そう考えるととても不思議な気持ちがしますし、録音された音というのはあらゆる音の中でも特殊なものだと思います。録音の問題、それは私にとって極めて今日的で現在の問題です。

 

■聴衆のみなさまに向けて、一言お願いいたします!

いままでのコンサートの経験から申し上げると、電子音楽に馴染みのないお客様ほど「おもしろかった!」「発見があった!」と興奮してお帰りになられます。「なう」は通常のコンサートより気軽な雰囲気だと思いますので、気後れしないで是非聴きにきてください。お待ちしています。

 

 

吉原太郎さんインタビュー

 

■日本電子音楽協会との関わりについて教えていただけますか。

1999年に豊住竜志先生のご紹介で学生会員として入会致しました。以後、定期演奏会、名古屋市科学館プラネタリウムでの公演などいくつかのコンサートに出演させて頂く機会を頂き現在に至っております。

 

■今回の「電子音楽なう!」で演奏される作品の内容や、上演の形態について、現時点でのご予定などお話しいただけますか。

今回上演する作品は「Aperture」というタイトルの電子音響音楽作品となります。2013年10月にパリで開催されたIna-GRM主催ACOUSMAに出演する機会を頂き、このコンサートのために制作したものです。

廃村や繁華街の路地裏、人々、あるいは社会から見放されたような場所を訪ね、フィールドレコーディングした音素材からかつてそこにあったであろう風景を創造しようとしたものです。今回は2ch版をアクースモニウムで上演する予定です。

 

■「電子音楽なう!」は広い意味での電子音楽の「現在」を提示するイベントなのではないかと思います。ご自身の作品における「現在」の要素について教えていただけますでしょうか。

近年、技術の進歩によって高解像度でのプロジェクションが以前に比べて安定した環境でできるようになりました。

フィールドレコーディングにおいてもデジタルカメラで風景を手軽に撮影するような感覚でレコーダーを使用することができるようになり、私自身もこれらの恩恵を受けながら現在までに多くの音素材の収録を行ってきましたし、機材の小型化によって以前は行くのに躊躇するような場所へも積極的に行くことができるようになりました。

今現在も録り溜めた素材ライブラリーは増えつつありますが、音素材の高解像度収録だけではなく、完成された作品を空間に放った時に感触として感じられるような音響空間の構築を目指しています。

 

■聴衆のみなさまに向けて、一言お願いいたします!

今回の会場は2階席もあるコンパクトな空間と伺っており、私自身も昔20人で満席になってしまうような小さなスペースに沢山スピーカーを配置してライブをしていたのでお客様が物理的精神的にも近い状態で聴いて下さることに今から大変楽しみにしております。

 

 

福島 諭さんインタビュー

 

■日本電子音楽協会との関わりについて教えていただけますか。

入会は2006年になります。その年の秋に行われた第13回定期演奏会に足を運びました。「マルチチャンネル再生の可能性を探る」と題されたもので、客席側にも設置された複数のスピーカとホールの残響とが興味深い効果を上げていたのを記憶しています。

その後は協会の関係する演奏会に自作を発表させてもらったりしています。毎回、充実した環境で自分なりの課題に挑戦させてもらえるためありがたく感じています。

私が普段は新潟在住ということもあり、2013年2月には新潟の砂丘館で「電子音楽なう!vol. 2」を開催しました。今後もこうした表現を紹介できる機会を増やしていきたいと考えています。

 

■今回の「電子音楽なう!」で演奏される作品の内容や、上演の形態について、現時点でのご予定などお話しいただけますか。

私はMimizというユニットで参加致します。Mimiz(鈴木悦久、飛谷謙介、福島諭)は毎回、決められた楽譜のようなものは用いず、即興的に演奏を行います。2人(鈴木、飛谷)の演奏者がそれぞれに持ち寄った楽器や、ミキサー内部の発振によるハウリング音などを駆使して音を出し、それをPCのオーディオ・インターフェイスに入力します。PCの内部に入力された音の情報は、ここでデジタル処理され様々な加工が行われながら会場のスピーカから出力されます。私はこのPC内部のプログラミングと操作を担当しています。

Mimizの場合、PCの処理のための約束事として「あらかじめ録音したものを演奏中に使用しない」というものがあります。出てくる音は全て2人が演奏時に出した音をリアルタイムにサンプリングして使用することにしています。そうすることによって毎回の曲想はダイナミックに変わります。それにより演奏に向き合う集中力の質を高められるのではないかとも考えています。

 

■「電子音楽なう!」は広い意味での電子音楽の「現在」を提示するイベントなのではないかと思います。ご自身の作品における「現在」の要素について教えていただけますでしょうか。

よくメンバー3人で話をするのですが、Mimizのこうした演奏スタイルは2008年にひとつの頂点に達していました(※1)。その後もさらにその先を目指してもいましたが、メンバーの鈴木さんがドイツに生活の拠点を移した時期や、私の個人作品の作曲上の興味の変化などからMimizの活動としては数年間のブランクを経験しました。

しかし今年、2014年は3人で演奏できる機会も増え、また次の頂点に向かえるよう試行錯誤している段階です。今回は会場に設置された多くのスピーカを使用してPCからは6chに別れた音を展開する予定です。当然、チャンネル数が多くなれば制御するパラメータも増えるため、演奏時にそれらをどれだけ効率的に処理できるかというのは挑戦になります。

演奏中のPCの操作は、各パラメータの数値変化を扱っているのがほとんどを占めます。良い集中の中にあるとそのわずかな数値変化によって生じる音の変化が手に取るように把握できるときがあります。演奏時のまさに「現在」に没入し、音による様々な事態に対応していく事のできる集中力を得ることこそが目的です。そうしてようやく音楽と接触できるのだと感じています。

そしてそのような状態を得るためには、(2008年の状態に戻ることはできないのですから、)今の私たちに合ったやり方を見つけ、さらに磨いていくしかないのだろうと考えています。

※1:CD Mimiz「Layered Session」に2008年の2つのセッションが納められている。
http://bookofdays-shop.com/?pid=21529883

 

■聴衆のみなさまに向けて、一言お願いいたします!

良い集中のなかで意義のある演奏が出来るよう備えていきたいと思います。どの瞬間にどのように反応し、結果的にどんな音響にたどり着くのかやってみるまで分からないところもありますが、どこか珍しい場所に向っていけるよう努力していきますので、見届けてもらえれば幸いです。

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電子音楽なう! vol.4(20141122)

電子音楽なう! vol.4 in 名古屋

「電子音楽なう!」は電子音楽作曲家たちの今をお伝えするライブイベントです。vol.4では名古屋を会場に、幅広い世代の作曲家たちを取り上げ、それぞれの世代にとっての電子音楽に触れていきます。テクノロジーの進歩と歩みを共にする電子音楽が、今を生きる私たちにどう響くのか。ぜひお立ち会いください。

2014年11月22日(土)

開場:18:30

開演:19:00

会場:KD Japón

http://kdjapon.jimdo.com

料金:¥2,000(+1 Drink Order)

出演:

水野みか子

大谷安宏

吉原太郎

石上和也

Mimiz

渡辺愛

佐藤亜矢子

主催:日本電子音楽協会

協力:富士電子音響芸術祭、KD Japón

表 裏

 

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JSEM電子音楽カレンダー/2014年11月のピックアップ

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二がカレンダーに掲載されている各種イベントをご紹介していきたいと考えております。

2014年11月に開催されるイベントから、今回は京都芸術センターで開催されるコンサー ト「安野太郎のゾンビ音楽『死の舞踏』」をピックアップいたします。

このコンサートにご出演される安野太郎さんに、今回のコンサートについてのお話しを電子メールでお伺いしました。

 

 

■ロボットによって演奏される音楽を「ゾンビ音楽」と名付けられた経緯についてお話しいただけますか。

ロボットによって演奏される音楽はだいたいが「人間指向」によるものと考えています。

例えば、既存の曲をロボットが演奏するようなものです。人間の真似をしているので、人間指向です。

ロボットによって演奏される新作の音楽もあります。ロボットというより自動演奏ピアノですが、コンロン・ナンカロウの音楽とかもそうだと思います。

これは、既存の曲ではありませんが、ピアノのために作曲されているので、ドレミの世界で作られている音楽です。これも人間の世界で規定された音楽の枠内でのロボット音楽なので、僕は人間指向の音楽と捉えます。

ゾンビ音楽はそのどれでもなく、「非─人間指向」のロボット音楽だと考えています。ですが、ゾンビ音楽は既存の楽器を使っています。既存の楽器を使うことによって、ギリギリ人間の姿を留めているつもりです。

ギリギリ人間の姿を留めているけど人間ではない、「非─人間」の存在として浮かんだ名前が「ゾンビ」でした。

よく打楽器やピアノのゾンビ音楽は作れないのか聞かれますが、打楽器は叩けばほぼ想定内の音が出るし、ピアノも想定内のドレミの音が出るので、人間の規定した枠からは出られません。

だから、打楽器やピアノのゾンビ音楽は作れないと言っています。いまのところ僕のアイデアでは、ゾンビ音楽を実現できるのは木管楽器だけです。

 

■ゾンビ音楽は、デュエット、カルテットとその規模を拡大しておられます。ゾンビ音楽はどのように進化してきたのでしょうか。

デュエットとカルテットではただ楽器が増えた以上の意味合いが西洋音楽の中ではあると思います。

ソロやデュエットだけでは、まだ実験段階という感じがしますが、カルテットにしたことによって、ゾンビ音楽の基本ができたと思っています。ゾンビ音楽の可能性がそうとう広いということが見せられました。

 

■これまでのゾンビ音楽のコンサートでは、自主製作による映画とゾンビ音楽を交互に上映するというスタイルもとっておられます。ゾンビ音楽における映画の位置づけについてお話しいただけますか。

ゾンビ音楽の音楽だけのプレゼンテーションだと、狭い聴衆にしかゾンビ音楽のこと伝わらないんじゃないかなと思って、ゾンビ音楽の背景もひっくるめてプレゼンテーションするつもりで映画を作っていました。

ですが、今思うと映画をくっつけたことによって広い聴衆に訴えたかというと、観客の動員とか考えるとそうでもないなと思ったりしています。だからといって映画作らなくてもよかったかというと、そうではありません。

苦労して慣れない映画まで作ったことによって僕自身がかなりゾンビ音楽の世界にどっぷり入り込んだというか。追い込むことができたと思います。

作曲家がロボットを“つくってみた”、“作曲してみた”、“演奏させてみた”だけではおさまりたくなかったし、それだけではおさまらないのっぴきならないものがゾンビ音楽にはあるのです。

1作目(DUET~)の映画は、フランケンシュタインがモチーフで、フランケンシュタイン博士の物語と、僕と自動演奏機械の物語を重ねたようなストーリーになっています。

2作目(QUARTET~)の映画は、震災以降の日本を、ゾンビディザスター・フィルムのストーリーにまとめています。

太平洋沿岸からゾンビがあらわれたり、避難所をゾンビが襲ったり、国会議事堂前をゾンビが行進したり。

ゾンビ発生の原因が直接原子力発電所とは言っていませんが、あきらかにそんな感じに見えると思います。

避難所がゾンビによって陥落する場面で弦楽四重奏を弾いてるシーンなどは、映画のタイタニックをほとんどそのまんま参照しています。

当時のテクノロジーの象徴である豪華客船の沈没と、現代のテクノロジーの象徴である原子力発電所の事故を重ねました。

最後のシーンは、「バタリアン」を参照して、アメリカ軍が核を落として全部解決するみたいにしようかと最初は思ったのですが、なんかシャレになんない感じがして止めて、黒沢明の「夢」を参照しました。

 

■今回の京都のコンサートでは新作が公開されると伺っております。新作はどのような作品になるのか、また、全体的なコンサートの構想についてお話しいただけますか。

新作は、フルートとクラリネットとテナーサックスの三重奏を予定しています。

これまでの樹脂製のリコーダーとは違って、ワンランク上の格調高い楽器によるゾンビ音楽を作っています。

リコーダーで作っていた時は、リコーダーという楽器のプリミティブさがいい味出している面もあったのですが、今回は楽器の構造がしっかりしていて、めちゃくちゃな指使いをしてもあまり音響に変化がないようなものになるんじゃないかとうっすら懸念してヒヤヒヤしています。ですが今回は指使いの機械化だけではない、ワンランク上の技術も導入してるので、なんとかなるんではないかと思っています。

とはいえ、まだ出来上がっていないのでなんとも言えません。今日もこれからさいたま市の公民館の工作室を借り切って作業をしてきます。

そして、今回はさっき話した自主制作の映画は作らず、純粋なコンサート形式にしようと思っています。

音楽的な心配がある中音楽に集中するという暴挙に出るのですが、大失敗してもいいやと腹をくくっています。

演奏会のテーマは、「死の舞踏」なのですが、世にはびこるゾンビ物のルーツとして「死の舞踏」というテーマにぶつかりました。

死の舞踏

これまでは、クラシック音楽では、サン=サーンスやリストの「死の舞踏」が有名だと思います。リストのは壮絶ですが、サン=サーンスはわかりやすいですね。

ポップスでもマイケル・ジャクソンの「スリラー」があったりして。これも、時空を隔てて「死の舞踏」のテーマが表面化した表現だと解釈できるんじゃないかと思っています。

「ゾンビ音楽」もこの「死の舞踏」のテーマを無視するわけにはいかないなと思って、今回のコンサートの題名にしました。

というか、ゾンビ音楽自体が、機械と音楽の関係性から生まれた「死の舞踏」の音楽と言った方がいいのかも知れないです。

サン=サーンスの死の舞踏みたいな、骸骨が踊ってる情景を音楽で表現しているのではなくて。ゾンビ音楽の背景がすでに死の舞踏だみたいな。

 

■今後、ゾンビ音楽はどのような展開を予定しておられますでしょうか。

まず、京都での新作を他の場所でも再演できたらと思っています。

それと、掃除機ロボットのルンバにリコーダーとソレノイドの指を合体させて、動き回るゾンビ音楽を作っています。

技術的なところはもうクリアしていて、京都の初演が終わったらもう作るだけです。ついにゾンビが動きます。

ルンバを販売しているiRobot社の企業理念みたいなのに、「3D Dull、Dirty、Dangerous(退屈、不衛生、危険)な仕事から人々を解放する」という理念があって、これはつまり奴隷だなーと思いました。ブルーノートが生まれた背景に黒人奴隷のストーリーがあるように、ゾンビ音楽のゾンビノートと言ってもいいような音響にもロボットの奴隷的な背景があるんです。

あと、水面下でゾンビ音楽をベースにしたオペラの計画があります。

ゾンビ音楽は英語にすると、ZOMBIE MUSICなので、ALを足すとMUSICALになるので、はじめはゾンビミュージカルにしようかと思いました。でも、ミュージカルとオペラの違いがエンタメとアートだとするなら、エンタメでは無いだろうということで、オペラということにしました。

まだ計画段階なので、どういうものになるのか、詳しくは話せません。

自分が中心となって舞台作品を創作することは、経験も無いので大変そうですが、面白い試みを提示していければと思っています。

 

■コンサートのご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました!

 

◎コンサートのご案内
若手作曲家シリーズ2 安野太郎のゾンビ音楽「死の舞踏」
日 程:2014年11月9日(日) 18:30開場 19:00開演
場 所:京都芸術センター 講堂
http://www.kac.or.jp/

 

◎CDのご案内
安野太郎 Duet of the Living Dead

安野太郎 Quartet of the Living Dead 文化庁芸術祭 レコード部門参加作品

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