JSEM電子音楽カレンダー/2015年10月のピックアップ

 
 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年10月に開催されるイベントから、今回は10月24日(土)に、瑜伽神社(奈良)にて開催される「ひびきののりと 瑜伽神社 電子音楽奉納コンサート vol. 2 シカトキイタ」をピックアップいたします。このコンサートに参加される大塚勇樹さんに電子メールでお話しをお伺いしました。

 

shika

 

ひびきののりと 瑜伽神社 電子音楽奉納コンサート vol. 2 シカトキイタ
日 程:10月24日(土) 1回目=13:30~14:30 2回目=15:00~16:00 3回目=16:30~17:30
会 場:瑜伽神社(奈良)
料 金:1,500円、学生1,000円

 

◎インスタレーション
天野知亜紀、牛山泰良、関 光穂、山田あい子

◎コンサート
大塚勇樹、永松ゆか、野津圭子、野呂有我、檜垣智也、藤田将弥、山下裕美、Paul Ramage、suzukiiiiiiiiii、trorez、Zhaogu Wang

◎アクースモニウム演奏
大塚勇樹、永松ゆか、檜垣智也、山下裕美

http://hirvi-acousma.tumblr.com

 

■大塚さんが電子音楽、クラブ・ミュージック、エレクトロニカ、ノイズなどの音楽家として活動されるようになった経緯についてお話しいただけますか。

中・高と吹奏楽部にいたのですが、コンクールの全国大会へ出場したり自分の歯の問題もあったりする中で、自分としては「やりきったな」という意識があったのですが、それ以上に一つの楽器を修行僧のように極めていくことよりも、どこまで行ってもその楽器固有の音色しか出ないことの方に対しての失望があり(演奏家の皆さんすみません。。。)、そのため、吹奏楽部でも任されていた録音や音響の技術を、本格的に学べると思って大阪芸術大学へ進学したことがきっかけです。

後は高校の時にブンブンサテライツアクフェン、大学入学直後にピエール・アンリドニ・デュフールといったアーティストに出会ったことが大きいです。自作自演が出来るというのも、吹奏楽と違って魅力的に映ったのかも知れません。

 

■「ひびきののりと 瑜伽神社 電子音楽奉納コンサート」は、昨年の2014年10月25日に第一回目が開催されています。このときは「この世界から消えた音」が共通のテーマとなり、34名の作曲家による3分間以内の作品が上演されています。このような形式によるコンサートが開催された経緯を教えていただけますか。また、こちらのコンサートで上演された大塚さんの「Ghost Dubbing」は、その後、世界各地で上演されています。こちらの作品についてもお話しいただけますか。

「ひびきののりと」の開催のきっかけですが、前年まで毎年開催していたアクースマティックのイベントの方向性が、会場の確保やそれに伴う企画の方向性といった問題で、手詰まりになった感じがあったため、グループ名も企画名も刷新し、これまでのように「アクースモニウムだから珍しい・すごい」という価値観よりも、単純にいちイベントとして世間に対して挑発的な企画が出来ればということでhirviのメンバーと共に発案したものです。

作品を複数の作家から募り、コンサートで上演し、bandcampでフリー配信し、海外へも積極的にプロモーションをかけていくという流れが上手く出来上がってきているように思いますが、その中で僕の作品も各所で取り上げてもらっています。

「Ghost Dubbing」では、何種類ものマイクによって、様々な時間・空間で録音された「無音」をノーマライズして得られたノイズと、アウトボードのシミュレーション系プラグインから得られるヴィンテージ機材特有のノイズを、それぞれ一つずつの音色として捉えて制作しています。

これらのノイズは音響機材を通してしか聴く(観測する)ことができない上に、過去・現在・未来と絶えず周囲の空間や音響機材の中に存在し続けている亡霊のようなものであり、またリバーブやコンプレッサーでは得られない固有の空間の奥行きや気配、歪み感というものを内包しています。

ただし、通常の録音に於いては基本的には忌避される悪霊でもあり、除去するための魔法のようなプラグインも多数存在しています。故に、これも一つの「この世界から消えた音」ではないのかと解釈しました。このような逸脱したノイズが僕は好きで、クラブ・ミュージックやエレクトロニカを作る際でも、トラックの背後に忍ばせて空間演出の一つとして使っています。

 

■2015年2月には、アンスティチュ・フランセ関西 稲畑ホール(京都)にて開催された「Contemporary Computer Music Concert 2015」において、「Arcane Awe」という作品が初演されています。この「Arcane Awe」という作品について、また、大塚さんの創作においてアクースモニウムで演奏される作品に、特有のアプローチなどがございましたらお話しいただけますか。

この作品では膨大な量のハードシンセとエフェクターを使い、それらの音色を作りこんだ上でその音色だけを10分〜20分と延々録り貯めたものをコンピューターに取り込み、より徹底的に音色と音響を追い込んだものを大量に重ねて出来上がったものです(時にはプラグインも発振させて使いました)。

音楽としての構造的な問題も「この音色が何秒続けば気持ちいいか」ぐらいにしか考えていません。「Arcane Awe」にしろ「Ghost Dubbing」にしろ、何故音色にこだわるのかというと、単純に音色へのフェチがあるというのもありますが、それと共に、これまでに若手の作曲家に対して「一つの音色の力だけで押し切ろうとして失速する」という評価を何度か目にしてきた中で、「音色の力で突破することの何がいけないのか」という反抗心と「押し切れないような弱い音色じゃ駄目でしょ、もっと攻めようよ」という同世代の作曲家への残念さが僕の中にずっとあり、そこに対する自分なりの挑戦として試行錯誤しながらやっています。

ここ2〜3年のアクースモニウムで演奏するための作品は基本的にこのようなアプローチで制作していますが、超低域のパンニングや擬似サラウンド系・エキサイター系のプラグインを使って位相のトリックを多用した結果、年々アクースモニウムでの演奏には不向きな作品になっているのが悩ましいところです……。

 

■大塚さんは「Route09」という名義でも活動しておられます。本名での作品発表と、Route09名義による演奏活動との違いについてお話しいただけますか。また、nu thingsで開催されたイベント、「シンセ温泉!」、「ベアーズ電子音響祭」などの催しで、Route09としてどのような演奏をされたのかお話しいただけますか。

本名ではアクースマティック作品の制作とアクースモニウムの演奏を、Route09名義ではクラブ・ミュージック、エレクトロニカ、ノイズ等の制作とラップトップやハードウェアを使ったライブを、という具合に使い分けています。

nu things(現Environment 0g)ではオーナーで音楽評論家の阿木 譲氏には何かとお世話になっていて、一時期は氏の影響もあってずっとダブ・テクノ的な音を作ってばかりでしたが、お陰でCCMC2012では「コンクレート+インダストリアル+ダブ」を意識して作った曲で賞を頂き、フランスで作品を上演してもらうことも出来ました。その方向性は、ここ数年の先端的なアンダーグラウンド・ミュージックのトレンドとも合致しているように思います。

「シンセ温泉!」や「ベアーズ電子音響祭」ではハードウェアだけで得られる音色による即興演奏をしたのですが、それはつまりコンピューターでエディットするより前の素材の音だけでどこまで勝負できるかというチャレンジでもありました。今後の制作にも繋がるヒントを多く得られたので 良かったのですが、お陰で機材も増えに増え、自宅のスタジオは更に狭く…… 本当はモジュラーシンセにも手を出したいんですけど。ちなみに日本のREONというメーカーのDriftboxというシンセサイザーが凄く良いのでオススメです。

 

■2015年10月24日(土)に、瑜 伽神社(奈良)にて開催される「ひびきののりと 瑜伽神社 電子音楽奉納コンサート vol. 2 シカトキイタ」というコンサートについて、全体的な企画の内容、そして、大塚さんが発表される作品についてお話しいただけますか。また、コンサートの みどころ、ききどころなどあればお教えいただけますか。

今年の「ひびきののりと」では、共通のフィールド・レコーディング素材を使用したアクースマティック作品の上演と、インスタレーションの設置を行います。

素材の録音には、鹿の頭のオブジェをバイノーラルマイク用のダミーヘッドとして用いた「鹿ノーラルマイク」を奈良公園にいる鹿の中に紛れさせることで、「鹿の目線と耳で捉えた奈良の音」を録ってきました。バイノーラルマイクこそ人間用のものですが、やはり人間とは違う音の聴こえ方がしますし、むしろ人間よりも環境ノイズに対する没入感があるようにも思います。

また、全員が共通の素材を使うので似たような音の作品が揃うのか、コンピュータ上でプロセッシング しまくった過激な音がくるのか、鹿の鳴き声だけピックアップした脱力系の作品が出てくるのか…… 全ては未知数ですが、僕自身とても楽しみにしています。

僕の作品はまだ制作途中なので何とも言えないのですが、基本的にはこれまで通りで、素材の中に新しい音色を見つけては磨きまくっているところです。

本公演は奈良県大芸術祭の公式イベントとしてプログラムされており、当日は瑜伽神社の近くの奈良国立博物館で恒例の正倉院展が初日を迎えます。今年は一時間程度のコンサートをAKB48ばりに3回公演でやりますので(内容はどの回も同じです)、奈良への観光がてらご都合の良い時間に我々のイベントへ足をお運び頂き、秋の奈良で気持ちの良い時間を共に楽しめたらと思います。

 

■今後の活動のご予定について教えていただけますか。

丁度このインタビューの原稿を書いている時に、知り合いの映像制作会社から楽曲提供の依頼が入ってきたところです。笑

ライブの出演やマスタリングの依頼などは当分予定がないので、上手く物欲をコントロールしながら自分のアルバム制作に注力したいと思います。

 

■ますますのご活躍を期待しております。この度はどうもありがとうございました!

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「サラマンカホール電子音響音楽祭」5

 

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

さて、2015年9月11日(金)から13日(日)にかけて、サラマンカホール(岐阜)にて「サラマンカホール電子音響音楽祭」が開催されます。

このフェスティバルは、サラマンカホールと情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が主催し、日本電子音楽協会(JSEM)、先端芸術音楽創作学会(JSSA)岐阜県図書館岐阜県美術館との共催により開催されます。

日本電子音楽協会は、2日目の12日(土)に、「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」、そして、「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」というふたつのコンサートを開催します。

そこで「今月のピックアップ」も、「サラマンカホール電子音響音楽祭」に参加される方々を取り上げていきたいと考えております。「日本電子音楽協会 第19回 演奏会」にて新作を発表される渡辺愛さんに、電子メールでお話しをお伺いしました。

 

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サラマンカホール電子音響音楽祭 ぎふ 秋の音楽祭2015 第2日 6. コンサート
「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」

日 程:2015年9月12日(土) 14時開演
会 場:サラマンカホール(岐阜)
入場料:一般2,000円[サラマンカメイト 1,800円]/学生1,000円(小学生~大学生 30歳まで・学生証要提示)
http://www.iamas.ac.jp/eams2015/

 

■2014年2月には「新しい合唱団 第14回演奏会」において、渡辺さんの「新豊折臂翁戒辺功也」という合唱曲が初演されています。こちらの作品についてお話しいただけますか。また、電子音楽の作曲の経験は、こちらの合唱曲に何らかの影響を及ぼしているとお考えになりますでしょうか。

新しい合唱団」は日本語の現代作品をレパートリーとして活動しているアマチュアの合唱団です。音楽監督の田中信昭先生とピアノの中嶋香先生から委嘱のお話をいただいて作曲しました。歌詞として扱った「新豊折臂翁戒辺功也(しんぽうの うでをおりし おきな へんこうを いましむるなり)」は白居易(白楽天)の漢詩で、9世紀頃の作品です。

新豊(長安の西)の翁が出征を免れるために自ら右腕を叩き折った経験を語った詩で、いわゆる出兵武勲を批判する歌といわれています。“失った腕は今も痛むが、悔いてはいない。ただ生きているということが嬉しい”ということが書かれています。

実は作曲を開始した当初は歌詞有りの曲を特に想定しておらず、電子音楽の音響イメージを合唱という媒体にトレースするようなコンセプトで抽象的な作品を描いていました。しかし作曲中に実父が亡くなったことをきっかけにそれまでの草稿を全部捨ててしまいました。「新豊折臂翁戒辺功也」は父が最期に病床で呟いた詩だったので、いまこの詩に向き合ってみたいと思い急いで取り上げることにしました。

そんなわけでとてもプライベートな理由による曲になってしまったのですが、当初の音響的コンセプトに寄り過ぎたアイデアは今思えば声を発することに内的な必然性のない表層的なものだったように思うので、かえってこれでよかったと思っています。合唱団の皆さんがどんな律動で空間を満たすのか、間近でふれあいながら演奏会を作ることができたので、貴重な経験でした。とはいえ書法の未熟さを痛感させられた経験でもあったので、これからもアコースティックの作品は書いていきたいです。

w01白寿ホールにて、合唱団の皆さんと © 新しい合唱団

 

 

■2014月3月に開催された「CCMC 2014」や、2015年2月に開催された「CCMC 2015」では、ベルナール・パルメジアニドニ・デュフールの作品をアクースモニウムによって演奏されています。アクースモニウムによって自作を上演する場合と、他人の作品を上演する場合とでは、準備やフェーダー操作などのアプローチに違いはございますでしょうか。

「アクースモニウムの演奏」とはつまり、多数のスピーカーから発せられる音をフェーダー操作(スピーカーそれぞれの音量の上げ下げ)によって演出する方法です。音源はCDなどの固定化された曲データなので、音楽のフォルム(尺など)が変わることはありません。そのうえで「曲をスピーカーを通して表現すること」においての自作と他人の作品との違いを申し上げます。

まず準備の点では、その労力のかけかたがかなり違います。自作演奏の場合は自分が作曲者なわけですから、作曲段階から何度もその構造や音の形などに付き合っていて、完成時にはその曲のことをよくわかっている状態でいるということになります。たとえ締め切りに追われて慌ただしく作ったものだったとしても、初演でしたら自分以外誰もその曲のことを知らないわけですから、どんな演奏をしてもとりあえず“間違い”にはなりません。ですから演奏にあたって改めて綿密な準備をするということは実際にはあまりありません。それは作曲と同時に既にあるという感じです。

しかし他人の作品はまずその構造や音楽的意図、次にディティール、を充分に理解する必要があります。作曲者の意図も大切ですが、同時に音楽そのものの意図とでもいいますか、そのコンサートの空間でどのように響かせれば曲が魅力的に鳴るかを考えて準備をするので、何度も聴き返したり、図形楽譜に起こして演奏プランを決めたりするための時間が圧倒的にかかります。

たとえばパルメジアニの作品は音楽的特徴がはっきりしていて、非常にダイナミックな性格を持っていますのである種の古典的な演奏型が有効に働きますし、デュフールの作品は明確な構成の中にも非常に官能的で親密な部分や伝統音楽の引用などが含まれますので、雄々しさと過剰なくらいの繊細さを同居させて演奏するようにしています。

フェーダー操作のアプローチは曲によりけりなので自分/他人での違いはありませんが、他人の曲を演奏するほうが何倍もプレッシャーがかかるので、心理的な違いはあるかもしれません。電子音響音楽の上演では必ずしもアクースモニウムを想定した作品ばかりがラインナップされるわけではないので、作曲家が作曲時に描いていた音響イメージとは違う空間になってしまう可能性もあります。しかしそこはもう別物だと割り切って、その上演空間での最適解を出していくしかないのだと思います。

w02 CCMC2014のアクースモニウム

 

 

■2014年5月に開催された「富士電子音響芸術祭2014」に参加されています。ピラミッドメディテーションセンターという特殊な環境における、オールナイトのイベントに参加されたご感想などお伺いできますでしょうか。

このフェスティバルの存在は私にとってあまりに大きすぎて、簡潔にお答えできそうにないのですが…(笑)

富士電子音響芸術祭」、通称FAFは2010年から5年間にわたって毎年開催された電子音響の祭典です。山梨の山間部という立地の特殊性もさることながら、アクースモニウムと8chマルチそしてハイレゾの同時再生を組み合わせた53ch70スピーカーというとてつもないシステムや、舞台美術や照明、香りの演出を伴った多層的な音体験、昼と夜・屋内と屋外を自然に横断しながら、時に集中し、時にリラックスして、思い思いの形で音楽に包まれる……そんな、音楽公演の枠を大きく拡張するイベントだと言えます。その点では作曲家として出演した、というより、作曲家/聴取者として体験した、音を取り巻く環境や人や感覚と出会った、というほうがしっくりきます。

FAF2014のゲスト・アーティスト、フランソワ・ドナト氏は「日本のアクースマティック音楽の多様性と豊かさに接することができた。フランス以外でこの国以上にこの音楽が盛んな国は多分ない」と参加した感想を述べていますが、アクースモニウムを核にしてこのような独自の在り方に発展するというのは、非常に興味深いことだと思います。

日本におけるアクースマティック文化の曙となったのは、15年以上前にパリで行われた日本人むけの電子音楽講習会「ACSM116夏期アトリエ」ですが、ここで学んだ作曲家たちが今それぞれの方法でこの分野での新たな試みを続けている現状があります。最初期のアトリエ講師としてINA-GRMにいらしたドナト氏にとっても、当時講習生だった吉原太郎氏が芸術監督を務め、ACSM116を運営し夏期アトリエを実現させた成田和子氏と吉田寿々子氏が顧問を務めたFAF2014への参加は、特に感慨深いものだったのではないかと察します。私自身2004年のACSM116・MOTUS夏期アトリエに参加したことがこの道に入るきっかけとなったので、電子音響のキャリア10年の節目に参加できてよかったです。

もうひとつ、このフェスティバルが私に及ぼした影響としては、自作における“半”作品的な在り方を自分自身が自然に受け容れることができたという点です。“半”作品的というのは松井茂さんが評してくださった言葉で、「フィールドレコーディング」という記録行為とその「編集」という作曲表現のあわいにあるような作品である、といった文脈でした。確かに近年の私の作品には、ある時間枠の中で作曲家が音のパラメーターを制御構築するという完全に自律的な構えが希薄であり、かといって戯れに記録したものを加工なく公開しているわけでもありません。

勿論このような作曲スタイルには自ら望んで向かっていったわけですが、もともとがクラシック/現代音楽畑で、はじめは器楽作曲を専門にしていましたので、やはりどこか音楽を作る者は自らが音の構造体を記号として規定し客体化しなければいけないのだという古い観念が長くついてまわりました。しかしどうもしっくり来ず、この観念を植え付けたであろう西洋の文化体系に対するルサンチマンを抱えながら敢えてフランスに移住したという経緯があります(笑)

フェスティバルでの諸体験はそのような“モノ”としての音楽ではなく“コト”としての音楽という捉え直しの経験でした。音楽の意味を行為や活動という側面にまで広げて考えると、リサーチや設営などの準備、その中での人との関わり、フェスティバル中の滞在で見たり味わったりしたこと、等々の実践的な部分もまた「音楽」の一要素です。音を記録し、それを見つめることも音楽実践かもしれません。

山梨の自然に囲まれて、音楽をすることで立ち顕れた現象や思いや新しい意味を楽しむことに旨味を見出すにつれ、「作曲家は自分の作品という“モノ”に全責任を負わなければいけない」というような気苦労は徐々にほぐれていきました。それは責任放棄ということではなくて、作品の在り方というのは自分らしくあっていいのだという、ばかみたいに単純なことですが、「音楽とはなにか」という音楽家一人ひとりが誰しもいつも独りきりで問うているあの問題の、わたしにとってのヒントが落ちていた場所でした。

w03FAF2014での演奏 © FAF・撮影は奥山和洋

 

 

■2015年2月にアサヒ・アートスクエアにて開催された「Asian Meeting Festival 2015」に参加されています。こちらのフェスティバルに参加された経緯や、フェスティバルではどのような演奏をされたのかお話しいただけますか。

「Asian Meeting Festival 2015」はアジアと日本間の交流促進を目的とした「アンサンブルズアジア」という長期プロジェクトの一企画として立てられ、大友良英さんをはじめとする日本のアーティストたちと、シンガポール・インドネシア・マレーシア・タイなど主にASEAN地域の様々なアーティストたちとのセッション形式で開催されたコンサートです。ターンテーブル奏者で現在香港在住のdj sniffさんがコンサートディレクター兼キュレーターを務めていました。

sniffさんとは古くからの知り合いだったわけではなく、2014年11月29日に原美術館で行われた「本田祐也ポートレートコンサート」に観客として行ったのですが、その際にナヤ・コレクティブの福永綾子さんが出演者であったdj sniffさんを紹介してくださいました。共通の知人の話やヨーロッパでの活動のことなど少しお話をしてその日は帰ったのですが、数日後にTwitterを介して「Asian Meeting Festival 2015」のオファーをいただき、出演の運びとなりました。

コンサートも行くものだなと思いました(笑)とてもありがたく思うと同時にどうして一度お会いしただけの私を呼んでくださったのかと疑問だったのですが、「参加者の中では最もアカデミックでヨーロッパナイズされた経歴だけど、作曲行為と演奏行為をキッチリ分けるヨーロッパ式に当てはまらず、自ら演奏することにも意味を見出している」というような紹介をしてくださっているのを見て、他の出演者と同様に未知で多様なアーティストとして捉えてくれたのかな、だとしたら嬉しいなと思いました。

当日のセッションでは、一時間半の大枠の中で常に4人ほどが演奏している状態をゆっくりローテーションしていくという独自のシステムの上で、思い思いに即興しました。私は前半に機材トラブルで失敗してしまい、個人的には悔いが残りましたが、イベント全体としてはとても豊かで充実した時間でした。色々なバックボーンをもった初めて出会う東南アジアの若いアーティストたちの音にも興奮しましたし、その後の交流も刺激的で楽しかったです。

w04共演者のKok Siew-Wai(ボイス・パフォーマー/from クアラルンプール)と

 

 

■2015年6月には、Asian Sounds Research プログラム「Open Gate」を取材にペナン島を訪問されています。ペナン島でのリサーチなどについてお話しいただけますか。

マレーシアのペナン島訪問はまさに前述の「Asian Meeting Festival 2015」がきっかけになっています。そのとき共演したSachiko Mさんがディレクターを務めており、Sachikoさんの「来てくれたら嬉しい」の一言で半ば押しかけるように訪れました。「Open Gate」はペナン島のジョージタウンという中心街にあって突如緑豊かな中庭を持つ“Hin Bus Depot”というコンテンポラリー系のアートスペースで約3週間にわたって行われたエキシビションで、現地や日本からの美術家がそこで制作を続けながら展示をし、時にはサウンドパフォーマンスなども催される、といった企画でした。

私はセカンド・シーズンにあたる週に滞在したのですが、到着したらみんなが発泡スチロールの上でヨガをやっていて、一瞬会場を間違えたかと思いましたが、さっそく参加してみると床のプチップチッという音、バイクが行き交う外の喧騒、中庭を通る風の音などが心地よく体に抜けていって、一気にこれから始まる「ペナン時間」に引き込まれていきました。まず、日中は暑いし湿気も多くて、とてもフル稼働できる気候ではないので、必然的に行動がゆるくなるんですね。無理をしない・マイペースをモットーに、こまめに休んで、お腹がすいたら屋台でちょっとだけ食べて…という生活をしていたら、東京での暮らしがリセットされて、音の受け容れかたも変わったように思います。

滞在中は常にポータブルレコーダー(SONYのPCM D50)にバイノーラルイヤホンマイク(ADPHOXのBME 200)を挿して歩いていました。「Open Gate」で録った音は同展示中のパフォーマンスで使われたりもしました。しかし、音を録りつづけることでわかったのは、当たり前の話ですが「録音は体験を記録しない」ということで、録音の無力を気持ちよく痛感しました。「現実音」という言葉がありますが、現実の音をコピーするというのは実際にはありえないことで、そもそも人が「現実」と呼ぶもの自体が多義的であるので、それを了解したうえで「現実っぽさ」つまりリアリティと戯れるという態度は、ペナン島が改めて注意してくれたことでした。

そのいっぽうで、「音をあるがままに聴く」というケージ的な態度はそのリスニング体験だけで満たされることができてしまうので、もうあまりわざわざ自分から作曲なんてしなくてもいいかな、などと思いがちなのですが(笑)、人間が規定した美や構造的規範からできた音楽作品も相変わらず大好きなので、作品の絶対的強度を疑いながらも何だかんだ作曲表現は続けていくのだろうなと思います。

w05 Hin Bus Depotの開放的な庭。

 

w06 Open Gateのロゴデザイン。

 

w07 屋台でも録音

 

 

■9月に開催される「サラマンカホール電子音響音楽祭」で初演される作品について教えていただけますか。

今回「サラマンカホール電子音響音楽祭」のために作曲したのは、パイプオルガンと電子音響のための「モデラート・カンタービレ」という曲です。マルグリット・デュラスの同名の小説から着想を得ています。

――風が常に吹きつける、フランスの退屈な港町。女は息子にピアノを習わせている。ある日、殺傷事件を目撃し、酒場に通うようになる。一人の男と事件について話すたびに、女の日常は少しずつ、酩酊するように崩れていく。――

ここで崩壊するのは女の内面であって、表面上はいたって穏やかな時間が流れます。普通の速さで船が行き来し、規則正しくサイレンが鳴る。この町のひっきりなしに風の吹くさまを、パイプオルガンになぞらえてみたくなりました。フランス語のテキスト朗読は写真家の山本郁さんにお願いしました。

デュラスについては、先に話題に出た「CCMC 2015」でのドニ・デュフールのデュラス生誕100年を記念して作られた曲を練習したことをきっかけに集中して読むようになり、のめり込みました。デュラスの小説は映像的と言われることが多いですが、「モデラート・カンタービレ」は音楽的な作品だと思います。タイトルもずばりなわけですが、文中にしばしばみられる音の描写も非常に具体的です。小説に散りばめられた、音を喚起させるセンテンスを中心にテキストを抽出し、電子音響の部分に編みこみました。

また、サラマンカホールのパイプオルガンは見た目が荘厳で、ついネオ・バロックのような豪華なサウンドを想像してしまいますが、実はスペイン・ルネサンス様式と北ドイツ・バロック様式が掛け合わさった非常に珍しいスタイルのオルガンです。実際に音を聴くと派手さよりも素朴さや内省的な面が印象に残ったので、繊細な曲にしたいと思いました。そういった意味でこの曲は「サラマンカホールのオルガンのために」書いたということになります。

風や波(ペナン島で採取したものです)のまにまに、朗読とパイプオルガンを織り交ぜて作曲しました。

w08サラマンカホールでパイプオルガンの説明を受ける © サラマンカホール

 

 

■現在、東京芸術大学大学院に在籍しておられます。どのようなご研究をされているのかお話しいただけますか。

音楽音響創造分野というセクションの博士課程で創作および論文執筆をしています。論文テーマは「リュック・フェラーリの電子音響音楽作品における逸話の構造」です。

リュック・フェラーリはミュジック・コンクレートの黎明期からテープ音楽に関わり、やがて自身の音楽スタイルを“逸話的音楽”と呼ぶようになります。そして90年代半ばくらいからデジタルツール(Pro-Tools)を使って作曲編集を始めるのですが、彼が直接作業したセッションファイルおよび音データを研究に際して幸運にも入手することができました。

これを目玉に分析をして、逸話的音楽がどういう成り立ちをしているのかを明らかにしていきたいと思っています。テープ音楽の分析方法はいろいろと試みられていて(川崎さんにこんなこと……釈迦に説法ですけれど笑)、音響解析のような手法はかなり発達してきていますが、リュックのように複合的な要素で編まれている作品についてはあまり先例がなく、試行錯誤しながらやっています。

作曲家の書いた楽譜や計画書などは何度も見たことがあり、また曲の仕組みが打ち込まれたプログラミングデータなども見た経験がありますが、Pro-Toolsのセッション画面はそのどちらとも似ているようで違う感触があり、作曲家の台所を覗くようでドキドキします。使われる素材があまり抽象的でなく、フィールドレコーディングしたものを剥き出しに使っているような印象を受けがちな彼の作品ですが、実際にファイルを見ると音データはすごく細かくアーカイビングされているし、各パラメーターの組み立てをみてもかなり古典的な意味で「作曲」してるな、ということがわかりました。自分が作家なのでつい自分の創作に引き寄せて考えてしまいますが、こういう生の資料(データではありますが)に触れることは本当に勉強になります。

w09学内での制作の様子 © Art Media Center

 

 

■今後の活動のご予定などお話しいただけますか。

コンサートの予定としましては、12月2日に静岡県の富士宮のAERAというスペースで「FAF ANNEX2015」と称する富士電子音響芸術祭のスピンオフ企画が開催され、32chほどのスピーカーで自作をアクースモニウム演奏します。

それから2016年の3月5日にはアンスティチュ・フランセ東京で恒例の「CCMC2016」を行います。ここでは自作に加えて例年のように仏人作曲家の作品をアクースモニウム演奏する予定です。

2016年2月末くらいにIWASE/VINCENTというパリおよびベルリンを拠点に活動するサックスとチェロのデュオが来日予定で、場所は未定ですが、なにかしらコンサートを企画すると思います。

 

■これからのますますのご活躍を期待しております。どうもありがとうございました!

 

 

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「サラマンカホール電子音響音楽祭」4

 

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

さて、2015年9月11日(金)から13日(日)にかけて、サラマンカホール(岐阜)にて「サラマンカホール電子音響音楽祭」が開催されます。

このフェスティバルは、サラマンカホールと情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が主催し、日本電子音楽協会(JSEM)、先端芸術音楽創作学会(JSSA)岐阜県図書館岐阜県美術館との共催により開催されます。

日本電子音楽協会は、2日目の12日(土)に、「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」、そして、「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」というふたつのコンサートを開催します。

そこで「今月のピックアップ」も、「サラマンカホール電子音響音楽祭」に参加される方々を取り上げていきたいと考えております。「日本電子音楽協会 第19回 演奏会」にて新作を発表される佐藤亜矢子さんに、電子メールでお話しをお伺いしました。

 

salamanca
サラマンカホール電子音響音楽祭 ぎふ 秋の音楽祭2015 第2日 6. コンサート
「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」

日 程:2015年9月12日(土) 14時開演
会 場:サラマンカホール(岐阜)
入場料:一般2,000円[サラマンカメイト 1,800円]/学生1,000円(小学生~大学生 30歳まで・学生証要提示)
http://www.iamas.ac.jp/eams2015/

 

■9月に開催される「サラマンカホール電子音響音楽祭」で初演される作品について、現時点での構想を教えていただけますか。

《八月、青い緑》という2ch fixed media作品をアクースモニウム上演致します。この作品の背景についてお話します。

今夏、新潟で開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015」 において、私が在籍している東京藝術大学とパリ国立高等美術学校(エコール・デ・ボザール)による国際共同プロジェクトの成果発表として、展示とパフォーマンス・イベントが行われます。

パリのポンピドゥー・センターで展示され、今年京都で開催されたPARASOPHIAにも登場した作品《Café Little Boy》でおなじみのジャン=リュック・ヴィルムート Jean-Luc Vilmouth先生や、《Vegetable Weapon》などで知られる小沢剛先生といったアーティストの方々と共に進めているプロジェクトです。

私は当プロジェクトに音/音楽メンバーとして加わっています。東京藝大大学院美術研究科とボザールの美術学生達が、「私と自然」のテーマに基づいてパフォーマンスを創作しており、我々音/音楽メンバーはそのパフォーマンスで美術メンバーが実現しようとしているアイディアやコンセプトを元に、音/音楽を媒体として一つの時空間を形成するための作業を行っています。

音に耳を傾け互いに考えるワークショップやディスカッションを企画し、聴覚イメージから視覚イメージへと働きかけながら、国籍・分野の異なる芸術家同士で思考を重ね、また美術メンバーの実践してきたリサーチ・ワーク、フィールド・ワークを足掛かりにしつつ、作品の完成へ向けて日々取り組んでいます。

さらに、現地では数十人の子供達がワークショップを経て、パフォーマンスに加わります。 最終的には、身体・音・光・映像と「私」たち、そして「自然」が、ぶなが池の野外舞台で融合し、一つの総合芸術を繰り広げることとなります。

「サラマンカホール電子音響音楽祭」への出品作品《八月、青い緑》は、上記のパフォーマンスの為に創作した音楽の断片、活動の過程で録音した音、その他全てこの国際共同プロジェクトにまつわる音素材のみを用い、発芽からフィナーレまでの道筋をもう一度辿りながら、改めて自身の解釈による「私と自然」を音楽的に再構築したものとなります。

間もなく私も現地入りしますが、自然が豊かな地域に多種多様な芸術作品が立ち並ぶ越後妻有アートトリエンナーレの広い会場で、我々は心身すべてを使って「私」「他者」「自然」「社会」とぶつかり合うことになるでしょう。今までの当プロジェクトでの活動においても既に、多くの衝突・衝撃・摩擦がありました。ポジティブな意味で、です。いつだってこうしたぶつかり合いが結実して芸術へ繋がると信じていますし、創作ではこうしたぶつかり合う過程を大事にしたいと考えています。《八月、青い緑》は当プロジェクトで私がぶつかった/これからぶつかり合うはずの様々な物事から生まれることになり、尚且つそれらに対する私なりの回答となる筈です。

 

■9月末には、アメリカで開催される「第41回 国際コンピュータ音楽会議(41st International Computer Music Conference 2015)」においても、佐藤さんの「a membrane of membranes」という作品が上演されるようです。昨年も国際コンピュータ音楽会議にご参加されておられますが、その際の会議の雰囲気などお話しいただけますか。

ICMCは、2013年パース(オーストラリア)、2014年アテネ(ギリシャ)に続き、三度目の作品上演となります。今年はあいにく会場へ足を運ぶことが出来ないのですが、昨年と一昨年はこの大きな国際会議に出席しました。この業界(?)における最大級のイベントで、様々な地域から様々な国籍・年齢の大勢の人々が集まります。

001メイン会場

 

右を向いても左を向いても作曲家、音や音楽関連の研究者、サウンド・アート作家。時折、演奏家、発表者ではないけれど会議に出席している(音や音楽に何かしら関係がある)人、参加者の家族、など。場にいるだけでとてもエキサイティングです。ちなみに私の国際会議出席デビューは比較的最近で、台湾で開催されたWOCMAT 2012でした。その後毎年、何かしら海外での音楽祭や国際会議に出席していますが、やはりICMCは大規模で、最も特別なイベントの一つであるように感じます。

特に昨年は、SMCとのjointだったことやアテネという土地柄もあってか(離島観光などエーゲ海バカンスを楽しんだ方が多くいたようです。私も遺跡巡りを満喫しました)、恐らく主催者側も統制しきれないほどの多くの人々が出席し、多くのコンサート・多くの研究発表・多くのポスター……がひしめき合っていました。投稿数も多く、音楽作品の応募は900を超えていたそうです。

003深夜コンサート会場

 

レセプション・パーティは威風堂々とした建築が印象的なアテネ大学で行われましたが、会期中のメイン会場は近代的な文化施設とそこに隣接する映画館でした。また、インスタレーション作品展示は市内のあちこちに点在し、深夜のコンサートはかつて証券取引所だった建物、ゲストコンサートは遺跡を臨む丘の上の野外ステージ、とアテネの街全体が会場となっていました。毎日が素晴らしい天候に恵まれ、気持ち良い充実感を味わいました。

002アテネ大学

 

9月半ばのアテネはまだまだ夏真っ盛りで、秋の気配を感じ始めたパリに10日間滞在した後この地に降り立った私は、照りつける日差しとどこまでも青い空に心躍りました。1ヶ月間の海外滞在最後のイベントというそれだけでも胸を弾ませていましたが、20日間過ごしたフランスとはまた異なる空気に期待が膨らみました。コンサートでの自身の上演作品はfixed mediaでしたので、演奏者とのやりとりや楽器の準備も必要なく、リハーサルまで比較的気が楽に過ごせました(リハーサルの連絡が直前まで来ずハラハラしたのは、今となっては良い思い出です)。

004深夜コンサート会場

 

自身の創作や研究に関わるヒントを見つけたいということもあり、様々な方の研究発表やポスターを拝見し、コンサートや作品展示を訪れ、多くの方々と話をしました。学生であろうと教授であろうと、作曲家であろうと研究者であろうと、どんな国籍であろうと、声をかければ誰もが真摯に向き合ってくれましたし、会場のあちこちでそのように語り合う人々の姿がありました。ICMCに限った話ではありませんが、音楽の創作に携わる人々と、研究に携わる人々が、こうして一堂に会することの出来る場というのはとても貴重で重要なものと感じます。

005パルテノン神殿

 

個人的な感想ですが、音/音楽という共通のベースを有しながらも、作曲家が舞台とするのは自分の作品を演奏するコンサート・ホールであり、研究者が舞台とするのは自分の研究成果を発表する学会や論文誌であり、それぞれが別の領域のみで活動し、互いを知らぬまま過ごしているというケースすらあるように感じるからです。かく言う私も先述のように国際学会デビューは遅かったですし、修士論文を執筆するまでは音楽の「研究」ということに対して特に意識的というわけでは無かったように思います。しかし、ICMCを含めこうした場に来ると、創作と研究がまるで別個の分野に位置するのではなく、そしてその両面で活躍する方々も決して少なくないという事実に改めて気付かされ、視野が一気に広がる感覚を覚えます。

 

■今後の活動のご予定などお話しいただけますか。

◆8月6日 大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2015(新潟)
◆8月19〜23日 SI(シンガポール)《線に風窓》上演
◆8月20〜22日 Festival Futura(フランス)《線に風窓》上演(8月24〜29日 音楽祭の後に行われるFuturaアクースマティック演奏夏期講習会も受講します)
◆9月11〜13日 サラマンカホール電子音響音楽祭(岐阜)《八月、青い緑》上演
◆9月25〜10月1日 ICMC(アメリカ)《a membrane of membranes》上演

現在は、トリエンナーレ作品の他に複数の創作や論考などを進めており、いずれ発表できる予定です。その際はJSEM電子音楽カレンダーにも情報を掲載して頂ければと思います!  創作と研究の両面で活動していますが、長年創作中心にやってきましたので研究には苦戦しているのが正直なところです。しかし今後もJSSA(先端芸術音楽創作学会)研究会などで研究発表は定期的に行っていくつもりです(JSEMとも所縁のあるJSSAでは今年度から運営委員を務めています)。

Festival Futuraではちょうどリュック・フェラーリ没後10年となる8月22日に私の作品を上演して頂けることを、大変光栄に感じています。この日はフェラーリの《ほとんど何もない Presque Rien》4作品の上演も予定されており、これらの作品を研究題材に掲げている私にとって特別な1日となりそうです。

 

■これからのますますのご活躍を期待しております!

どうもありがとうございました! こちらこそ、ありがとうございました。まだまだ勉強不足ですが、頑張ります。

 

 

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「サラマンカホール電子音響音楽祭」3

 

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

さて、2015年9月11日(金)から13日(日)にかけて、サラマンカホール(岐阜)にて「サラマンカホール電子音響音楽祭」が開催されます。

このフェスティバルは、サラマンカホールと情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が主催し、日本電子音楽協会(JSEM)、先端芸術音楽創作学会(JSSA)岐阜県図書館岐阜県美術館との共催により開催されます。

日本電子音楽協会は、2日目の12日(土)に、「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」、そして、「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」というふたつのコンサートを開催します。

そこで「今月のピックアップ」も、「サラマンカホール電子音響音楽祭」に参加される方々を取り上げていきたいと考えております。「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」にて作品を発表される福島 諭さんに、電子メールでお話しをお伺いしました。

 

salamanca
サラマンカホール電子音響音楽祭 ぎふ 秋の音楽祭2015 第2日 8. コンサート
「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」

日 程:2015年9月12日(土) 18時30分開演
会 場:サラマンカホール(岐阜)
入場料:一般2,000円[サラマンカメイト 1,800円]/学生1,000円(小学生~大学生 30歳まで・学生証要提示)
http://www.iamas.ac.jp/eams2015/

 

■2014年11月に発表された「第18回 文化庁 メディア芸術祭」において、福島さんは「patrinia yellow for clarinet and computer」という作品により優秀賞を受賞されています。こちらの受賞作についてお話しいただけますか。

この作品はクラリネットとコンピュータのための楽曲です。クラリネットの演奏音をリアルタイム・サンプリングして加工処理を加え楽曲を成立させます。このようにソロ楽器とコンピュータを介在させたスタイルは、これまでも和歌山の作曲家/サクソフォン奏者の濱地潤一さんと試行錯誤を続けてきていました。そうした積み重ねの上に位置する大切な作品です。

楽曲は2013年10月29日に韓国ソウル「Seoul International Computer Music Festival 2013 20th anniversary」にて初演しました。初演のクラリネット奏者はアンサンブル・コンテンポラリーα鈴木生子さんです。

私がこのフェスティバルへの参加できたのは、アンサンブル・コンテンポラリーαが招聘グループとしてフェスティバルに招かれたことがきっかけです。現在アンサンブル・コンテンポラリーαの代表でもあり日本電子音楽協会の会員でもある田村文生さんが日本人作曲家の作品も数点紹介するために日本電子音楽協会のMLで希望者を募ってくださいました。とても感謝しております。

楽曲は無事に初演されましたが、この楽曲中で行われている仕組みやコンピュータ内部での働きなどをしっかり記録しておく必要性を感じ、それから約8ヶ月をかけて楽譜を制作しました。本作で試みられているのは、女郎花(オミナエシ)という植物の1年の周期に楽曲をなぞらえて全体を構成してみようというアイディアでした。

ただ、そう書いてしまうと植物のもつ美しさを「作者の主観的な音楽」によって表現したのだろうと思われたり、あるいは植物の発する生体信号を何らかのデヴァイスによって収集し音楽に「変換」したのだろうなどとも思われがちのようです。しかし、私が切実に考えたのは音楽に「美しさ」があるとして、同じように「美しさ」を内在する(であろう)より具体的な対象として植物の構造からヒントを得ることも可能ではないか、という素朴な問いでした。そのため、作業は主観と客観の中間を目指すようなやり方になりました。

そうして結果的には、私が本作品で意識的に選択した音というのは前半で吹かれる4つの音と、後半で吹かれる2つの音だけとなり、その後はその変換方法とコンピュータ処理内の構造的な仕組みを組み上げることに創意を向け完成させました。

楽曲は、女郎花の長い花茎(かけい)の成長、開花、そして衰退という3部に分かれ、それぞれ繋がって演奏されます。

より詳しい解説は楽譜内に記載してあります。
http://bookofdays-shop.com/?pid=82944115

 

■2015年1月には、新潟にて開催された「Spectra Feed」というイベントに参加され、「branch of A」という作品が初演されているようです。こちらの「branch of A」という作品についてお話しいただけますか。また、福島さんは新潟という場所を拠点に活動を続けておられますが、新潟という場所はご自身の創作に影響を及ぼしているとお感じでしょうか。

まず、イベント「Spectra Feed」の詳細は以下URLでご覧になれます。
http://www.shimaf.com/s/

《branch of A》は尺八とコンピュータのための楽曲です。日本の伝統楽器とコンピュータ処理との関係には興味がありどのような可能性があり得るか長く探っている段階なのですが、《branch of A》の前には《cell walls》(’13)という楽曲もありそのときの問題点をブラッシュ・アップしています。今回の《branch of A》は5小節×5の25小節からなる旋律を作り、それを元に構成しました。この旋律は25小節吹き終えてまた冒頭に戻ることのできるもので、循環的に閉じています。

また、今回はCPUへの負荷の問題もあり、リアルタイム・サンプリングは用いずに、あらかじめ録音しておいたこの25小節の旋律を、ピッチの高さと再生速度とを独立させて変調、再録音したものを作成し、それらをリアルタイムに操作しながら演奏しています。尺八の演奏においては、奏者の意見を多く取り入れました。楽譜の旋律を基本としながら2周目、3周目と形を崩す吹き方や、全体の構成に至まで、奏者とのやり取りを通じながら少しずつ決定していきました。

また一方で、《branch of A》では楽曲の即興的なアプローチも否定していません。全体の構成は決めているので大きな逸脱はありませんが、その中で毎回生じる音の枝葉の響きあいに、主眼をおいています。

尺八とコンピュータのシリーズは機会があればまた今後も継続していく予定です。いつかは分かりませんが、次の作品あたりでもっと明確な方向性を掴めたら、と願ってもいます。

こうしたことをなぜ続けるのかと言えば、ひとつには日本の伝統楽器への興味ということになりますが、もっと私にとって重要なのは奏者の福島麗秋が私の父親だから、ということになります。即興的なアプローチにおいてその間合い等に自分の影のようなものを感じる瞬間があり、なにか不思議な感覚を覚えました。これは他の奏者と即興演奏をしたときには感じるものではなく、なにか重要な視点であるとも思っているのですがまだ充分にそれへの言葉を持ちません。だからまだ続けなければと思える課題となっています。

新潟という土地は今の私の創作速度やスタイルなども考えた上で、悪くないと感じています。その理由は、なによりも私はここで育ったという一点において適しているのだろうと思えるからです。土地の持っている気候等について感覚を共有できる仲間もいます。実は今年3月に新潟県内で引っ越しをして、新潟の中でも自分が一番多くの時間を過ごした土地に戻りました。幼少期から大学くらいまで過ごした土地なのですが、変わらないものや、変わったもの、世代的に幾分高齢化している地域の雰囲気などから、自分の記憶の随分奥のほうが刺激されます。

作業用の部屋にはこれまであちこちに散らばっていたCDや書籍などをできるだけ集めました。気になった時にすぐにアクセスできる空間を物理的に持つことで、効率的に進められるものも増えている気がします。反面、いろいろ思い出したりすることで精神的にもある程度の重量感を感じ、決して身軽ではありませんが、今はこういうスタイルの時期だと感じています。生活全般が過去の記憶と何らかの関係を持つトリガーになっているとも言えるのです。

和歌山の濱地潤一さんやMimiz鈴木悦久さん(名古屋)、飛谷謙介さん(神戸)などと、音楽の共同作業もできる範囲で続けていますが、やり取りはほとんどがメール等で進めていますので遠方の方とのやり取りもそれほど苦になりません。必要な時だけ体を移動させますが、あとはわりとのんびりと新潟で時間を使っています。

 

■2015年5月には、「ラ・フォル・ジュルネ新潟」に出演され、「patrinia yellow」「branch of A」のほか、「フロリゲン ユニット」「Bundle Impactor」という作品も上演されたようです。出演された経緯について、また、上演された作品などについてお話しいただけますか。

今年の始めに「ラ・フォル・ジュルネ新潟 2015」の事務局の方からご連絡をいただきました。今回のラ・フォル・ジュルネのテーマが特定の作曲家を対象にしたものではなく、「PASSIONS パシオン〜恋する作曲家たち〜」という幅の広いものになったこともあり新潟出身者の中から幅の広い表現を集めるということで声をかけてくださったようです。

基本的には伝統的なクラシック音楽の集まる祭典に、コンピュータ音楽として参加するのは、我々は勿論、事務局側としてもひとつの挑戦だったと思います。演奏会の内容について事務局側と相談する中で、コンピュータと生楽器のための曲に絞ることとなり、各作品の初演をしてくださった奏者の皆さんも集まれるという幸運も重なり実現しました。

会場は燕喜館(えんきかん)というところで、和室3部屋分縦に長い空間で行われました。PAはスピーカを6台(6チャンネル)を縦長の空間に配置しました。公演は昼の回と、夜の回との2回公演で各回45分のプログラムでした。1公演定員80名で2公演とも満員で向かえられたのは事務局の力だと感じています。

《フロリゲン・ユニット》(’11) は2管のクラリネットとオーボエとコンピュータのための作品で、PAも小型の無指向性スピーカを1台使うだけのコンパクトな室内楽です。第6回JFC作曲賞入選作品で、2011年11月11日にトッパンホールにて初演されました。奏者は伊藤めぐみ(Cl)さん、櫻田はるか(Cl)さん、山口裕加(Ob)さんでした。

今、聴きかえせば素朴なものですが、私がその後もこうしたアンサンブル作品を作っていくためのスタート地点となった大切な楽曲です。再演できたことを嬉しく思いました。

《Bundle Impactor》(’13)は2管のクラリネットとオーボエ、アルト・サクソフォン、そしてコンピュータのための作品です。PAのスピーカは6チャンネルで演奏されます。2013年3月7日にアサヒ・アートスクエアにて初演しました(日本電子音楽協会創立20周年記念事業「時代を超える電子音楽」)。作品の詳細はWEBに上がっています。

《フロリゲン・ユニット》の3名に濱地潤一さんのアルト・サクソフォンを加えた編成の楽曲です。コンピュータは常に定まった処理を行いますが、その処理に使用されるサンプリング音は奏者の演奏状態によって毎回流動的に変化します。具体的には、2管のクラリネットとオーボエのアンサンブルは決められたテンポを保つのですが、アルト・サクソフォンのテンポ指定はだいぶ幅のある設定になっており、演奏中に任意で揺れることさえ許されています。

それぞれの楽譜はもともと同様の音群を使用されているものの、その読み方は異なっています。作品は“時の採取と分析”ということに焦点を充てていますが、もともとは同じ情報なのに読み違えなどによって起こる摩擦とかそこから結果的に形作られるイメージの肥大さなどについて、日常やメディア上で起こり得るすっきりしない思いを感じていた頃の楽曲です。

《branch of A》(’15)は今年1月に砂丘館で演奏した作品をブラッシュアップしての再演でした。もともと即興的な部分も多く含む作品なので毎回様子は異なりますが、夜の回では明確に整った演奏ができました。

《patrinia yellow》(’13)は3度目の再演を終えました。再演に際して奏者の鈴木生子さんは演奏法の意識的な変更を行ってくださり、より丸みのある響きが形作られました。夜の回の演奏はコンピュータの内部的にもミスはなく、理想の演奏になりました。

 

■9月に開催される「サラマンカホール電子音響音楽祭」で上演される「春、十五葉」という作品について教えていただけますか。

《春、十五葉》(’15)は「ラ・フォル・ジュルネ新潟 2015」で親しい奏者が各地から集まってくれることを良い機会だと思い、木管奏者5人で演奏できる新作を、という気持で作曲したものです。初演は「ラ・フォル・ジュルネ新潟2015」の公演内で2015年5月9日に行われました。

しかしこの初演は奏者の演奏する楽譜は決まっていたものの、コンピュータの内部処理に満足のいく結果を残せなかった、という思いが残念ながら残りました。9月12日のサラマンカ・ホールに向けてコンピュータ処理は大幅に改訂することとし、現在取り組んでいます。コンピュータの処理は1オクターブを15に等分する(15平均律)を基準としていますが、これは12平均律の世界から見た場合は基音を含めて3つの音が共通の音になり、他の音は平均律より少し高いか少し低いように聴こえるなどの特徴があります。

もともとこの作品は「15」という数字を見つめながら広がっていった発想を骨組みにしています。過去、現在、未来と名付けた3つのセクションに分かれる構成を持ち、木管の演奏パートとコンピュータのリアルタム・サンプリング処理によって成立する楽曲です。日本には四季がありますが、「四季のうちの春と秋は生物の活動が生んだものである」(大場秀章著「初めての植物学」)という記述を読んで何か感じ入るものがありました。確かに桜が咲く少し手前の時期等は植物からの強い気配を感じるようにも思います。作曲時期もそのような強い予感に満ちた春に行ったこともタイトルと関係しています。

人は何かを「予感」することがありますが、それはどのような機構が働いているのでしょうか。

個人的な身の回りの環境とは別に、もっと国とか世界とか大きな視点で考えてみた時に、これからの未来に対して決して楽観的にはなれない何かを感じることが多くなりました。これは一体何だろうかと戸惑ううちに、いつしか「予感の構造」としてこの楽曲を成立させたいと思うようになりました。そのような構造化が可能かどうかは分かりませんし、実際かなり難航していますが、何かを予感するということについて考えることこそが未来について考える素朴な第一歩なのではないか、とさえ今は思っています。

《春、十五葉》はまだまだ揺れ動いていますが、9月の改訂初演に向けてしっかり考察を深めたいと思います。

 

■今後の活動のご予定などお話しいただけますか。

7月中旬から新潟市で始まる「水と土の芸術祭」に吉原悠博さんが映像インスタレーションを発表します。私はその作品「培養都市」の音を担当させてもらっています。また、12月には合唱曲の初演を新潟で予定しています。

そのほかは主立った公演などはありませんが、その間に濱地潤一さんが作曲された2作品《layered music 》(’08~’15)、《分断する旋律のむこうにうかぶオフィーリアの肖像、その死に顔。》(’12〜’13)の楽譜化、そして私の《春、十五葉》(’15)の楽譜化をすすめる予定でいます。

しかし何よりもまずは9月12日のサラマンカ・ホールでの演奏を無事良いものにできるよう最善を尽くします。

 

■これからのますますのご活躍を期待しております。どうもありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございました!

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「サラマンカホール電子音響音楽祭」2

 

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

さて、2015年9月11日(金)から13日(日)にかけて、サラマンカホール(岐阜)にて「サラマンカホール電子音響音楽祭」が開催されます。

このフェスティバルは、サラマンカホールと情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が主催し、日本電子音楽協会(JSEM)、先端芸術音楽創作学会(JSSA)岐阜県図書館岐阜県美術館との共催により開催されます。

日本電子音楽協会は、2日目の12日(土)に、「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」、そして、「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」というふたつのコンサートを開催します。

そこで「今月のピックアップ」も、「サラマンカホール電子音響音楽祭」に参加される方々を取り上げていきたいと考えております。「日本電子音楽協会 第19回 演奏会」にて新作を発表される林 恭平さんに、電子メールでお話しをお伺いしました。

 

salamanca
サラマンカホール電子音響音楽祭 ぎふ 秋の音楽祭2015 第2日 6. コンサート
「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」

日 程:2015年9月12日(土) 14時開演
会 場:サラマンカホール(岐阜)
入場料:一般2,000円[サラマンカメイト 1,800円]/学生1,000円(小学生~大学生 30歳まで・学生証要提示)
http://www.iamas.ac.jp/eams2015/

 

■林さんは、2012年に大阪芸術大学大学院作曲コースを修了されています。電子音楽の領域に限らず、大学で受けられた教育についてお話しいただけますか。

まず、私が大阪芸術大学音楽学科を選んだ理由は、当時、同大学放送学科卒業生である、中島らもに傾倒していたということと、ミュージック・コンクレートを学べることを前もって知っていたからです。

学部生時代に初めて、現在でも脈々とミュージック・コンクレートの遺伝子が、主にフランスなどにおいて、アクースマティク・ミュージックとして受け継がれていることを知りました。

現在では、ミュージック・コンクレートはロックなどポピュラー・ミュージックに吸収され自然消滅したものだと考えていたので、私や世間が知らない電子音響音楽の世界があるのかと、嬉しい衝撃を受けました。

私は、自己流の、それもロックの文脈から捉えたミュージック・コンクレートの制作方法しかわからなかったので、上原和夫先生や檜垣智也先生の授業はとても新鮮でした。宇都宮泰先生からは、制作方法はもちろんのこと、それよりも、音楽を、芸術を捉える考え方に強く影響を受けました。今でも制作に行き詰ったとき、自身を奮い立たせる為に宇都宮先生の言葉を思い出します。

次に、大学院時代では主に、七ツ矢博資先生の下で、ヴェーベルンの楽曲分析をしました。それまで、電子音響音楽の制作、分析しか行ってこなかったので、器楽曲の分析はとても刺激的な経験となり、ここでの12音技法の技法、ことに、ヴェーベルンのある意味で数学的な作曲方法は、電子音響音楽を制作するうえでとても影響を受けました。他の大学院の同級生は、ドビュッシーの楽曲分析を行っていましたが、私だけ特別にヴェーベルンにしていただきました。 七ツ矢先生の配慮にはとても感謝しております。

上原先生に、電子音響音楽の作品を評価していただいておりましたが、在学中、一度も褒められたことは無く、上原先生は首を捻ってばかりでした。上原先生は常に温和な表情をしていますが、作品に対しては実に厳しい。そして、今だからこそ、その厳しさの優しさを知りますね。

告白しなければいけないことは、私は、あまり真面目な学生ではなく、2つの意味で不真面目でした。「授業にあまり出席しない学生」としてある意味で真面目(?)な不真面目さがあり、同時に、「健全な青春を謳歌する青年」としても不真面目でした。友人もあまりつくらず図書館で読書に耽るか、映画を観るか、音楽を聴いていました。しかし、普段は観る事が出来ない貴重な映画や音楽に、ここで接することが出来とても貴重な時間を過ごせました。また、独りでいることで、思索に耽ることができました。

最近の学生は、一人で学食を食べることを恥じる傾向にありようですが、信じられないですね。独りのときこそ、悟りを啓けるのです。

 

■2014年3月には「CCMC 2014」にて「sakura(love song)」という作品が上演され、7月に開催された「電子音楽なう!」では「蝶」という作品が、そして、「CCMC 2015」では「Star Celebration」という作品が上演されています。林さんの電子音楽作品は「芥川龍之介の提唱する『話らしい話のない小説』を電子音、具体音によって表現した」と述べてられています。上記した作品のコンセプトや、文学的な側面などについてお話しいただけますか。

まず、私は文学、もしくは文学的なものに強く興味を抱いて、現代にその「文学的なもの」を蘇らせたいという思いが第一にあります。ここでの、「文学的なもの」とは明文化出来る類のものではなく、2015年現在日本で多くの人が共有するであろう、印象としての「文学的なもの」として受け止めて下さい。

すでに、三島由紀夫が川端康成、伊藤整との座談会において、「文学が現在に本当に必要なものなのか、どうか?」と語っています。『「文学が現在に本当に必要なものなのか、どうか?」と考えること自体に意味があるのか?』と考えること事態が、もはや、現代日本では陳腐な考えで、美男美女が登場して陶酔できればそれが正解なのかもしれません。

だから、文学性など本当に必要が無いのかもしれません。人類皆整形をし平等に美男美女になる。そして、現実にそういう世の中になりつつあり、かつ、誰もそれに疑問を呈さない。しかし、私はそういったものを超えたいと考えています。何故かはわかりませんが、これは、制作理由の私の大きな理由のひとつです。

ここに、「sakura(love song)」というタイトルの秘密があるのですが、この作品は 「love song」とあるにも関わらず、ある意味で暴力的な面が音響的に存在し、そのことを上演後、多くの人から指摘されました。「なぜ、愛をあつかっているのにも関わらずあの様な激しい曲調なんですか?」「林さん、優しさを知ってください」などと言われました。

しかし、仏教大辞典の最初の語句、つまり、「あ」行の一番最初、「愛」の項には現代日本人の多く抱く愛のイメージとはまったく乖離して記述されています。原点仏教では「愛する人に出会うな」とあります。傷付くだけだからです。愛は煩悩で修行の邪魔だからです。現代人の「愛」はキリスト伝来以降の話で、こういったことを考える上でも「文学的なもの」は必要だと私は考えています。

なぜこの様なことを私が考えるのかといえば、短絡的で表面的な、「優しさ」や「可愛さ」が蔓延している様に感じるからです。例えば、動物実験は確かに惨い側面がありますが、しかし、動物実験を行わなければ、我々人間はどうなってしまうのだろう? そこまで考えずに、ただ、「動物は可愛そう」と唱えている人があまりに多いと。そして、そう唱えるだけで正義の側に「たやすく」立てる……。しかし、本質は何も捉えていないし、本当は動物よりも、そう唱える自身が神聖なものに見られたいというエゴがあるのではないのか?本当に世の中のことを考えているのならば、「たやすく」そういうことは言えない……。

しかし、現代では仕方が無いのかもしれません。「あらゆる情報が公開されてしまったので、知ることを自ずから閉ざす」ということはあり得るでしょう。人間は安定を求める生物ですから。

ネットによって、「あらゆる情報が手に入ってしまい、故に、何が真実か逆にわからなくなってしまう、その反動として反理性的な情報を頑なに信じてしまう」、ということはあると思います。

しかし、それでは、いかんと私なんかは思うわけです。もっと、自身を理性的に追い詰め追い詰め、その先にやっと反理性的な魔法があるのではないのかと、また、そうでなければいけないと思います。

「優しさ」というものが図式化され、短絡化されすぎている。情報化社会において感じることは、本当に大切なことは「情報」より「知識」であって、「知識」があれば「情報」などそんなにいらない。そうでなければ、芸術が存在する意味がない……。

次に、「芥川龍之介の提唱する『話らしい話のない小説』」という考え方についてお話させていただきますが、まず、芥川の後期の作品「蜃気楼」に私自身が物凄く影響を受けたという経緯があります。この作品は、たった数ページですが、故に、もっとも「話らしい話のない小説」の思想が前面に出ていて、ある意味小説でありながら音楽です。この影響下において、文章の無い小説を電子音響音楽上で具現化しているのです。

 

■林さんは海外のフェスティバルにもたびたび参加されています。2014年7月にスペインで開催された「Sirga Festival」や、10月にメキシコで開催された「MUSLAB 2014」に参加され、そして、今年の8月にはフランスで開催される「Futura」にも作品が入選されています。こうしたのフェスティバルに参加された経験や、上演された作品についてお話しいただけますか。

「Sirga Festival」で上映された作品は、映像の伴う電子音響音楽作品で、教会の壁に投影され上映されました。

私は、音だけによる作品と、映像の伴う作品とでは、製作過程において脳みそを使い分けており、映像が伴う場合は、極めて大胆に、パンク・ミュージックの要素などなんでも今興味のある音を全て取り入れて制作します。ですので、この作品が欧州の教会に投影されたというのは、ある意味で私でも衝撃であり、また同時に、表現者として嬉しくも思いました。

「Sirga Festival」では、今年(2015年度)においても入選を果たし、7月26日、スペインはカタルーニャ地方のミラベ城において、「In My Room Symphony」が上演されます。

「MUSLAB 2014」には「CCMC 2015」においても上演した「Star Celebration」が、「Futura」では、その「Star Celebration」が第一楽章であり、全四楽章で構成される「1001 seconds story」が最終日の深夜に上演されます。また、その前日にも、「Prix Luigi Russolo 2015」入賞作品として、「Star Celebration」が上演されます。2回も上演機会を設けていただき、本当に芸術家冥利に尽きます。

 

■林さんはコンサートの企画も手掛けられています。2014年2月には国立国際美術館にて「Japan Electroacoustic Music Concert」を開催され、2015年7月26日には日本電子音楽協会の後援を受け、「林恭平 電子音響映画演会」というイベントを開催されます。こうしたイベントの企画意図や、7月の個展の構想などについてお話しいただけますか。

国立国際美術館では、大学院時代に美術評論家である森下明彦さんの下で、インターン生として働かせていただきました。その繋がりもあり、電子音響音楽を広く日本に知らせる為にも、「Japan Electroacoustic Music Concert」を企画いたしました。本当に沢山の人にご来場していただき、また、川崎さんにもご登壇していただき、大変有意義な場を築くことができました。

とにかく、7月の個展においても言える事ですが、私は、自己満足、また、その集団にだけにおける閉ざされた満足、に終始したくないという思いは絶対的にあります。どうしたら、芸術の意思を後世に紡いでいけるか、その火は絶対に胸中から消え去ることがありません。

 

■9月に開催される「サラマンカホール電子音響音楽祭」で初演される作品について、現時点での構想を教えていただけますか。

昨年、「電子音楽なう!」で上演した「蝶」を改題し、「花身体分解」とし上演する予定です。電子音響音楽パートはそのままに、パイプ・オルガンパートを新たに書きます。

 

■10月にスペインにて開催される、今年で第28回目を数える国際的な電子音楽コンクール「Prix Luigi Russolo 2015」において、林さんの作品が第1位に入賞したようです。なお、このコンクールには日本電子音楽協会会長の三輪眞弘さんも、1992年に第1位を受賞されています。入賞された林さんの作品についてお話しいただけますか。

この入賞作品も、電子交響作品である「1001 seconds story」の第一楽章の「Star Celebration」となります。当協会会長である三輪眞弘会長と同じ賞を受賞でき、芸術家として大変光栄に思います。

この第一楽章は七夕をテーマとし、私としては珍しく恋愛を扱った作品で、本当、難産でした。この作品を完成させるまでの精神的な努力、想いが、多くの人に伝わり、芸術家冥利に尽きます。是非とも、日本でも全楽章上演したいですね。

 

■今後の活動のご予定などお話しいただけますか。

とにかく、芸術的に輝きたいという思いがあります。それから、話は少しそれますが、海外での上演機会が近年多く、経済的な理由からそれらを自身で観に行くことが出来ないのが非常に残念です。どこかに、良い働き口はないものでしょうか?

 

■これからのますますのご活躍を期待しております。どうもありがとうございました!

こちらこそ、お忙しい中インタビューしていただき本当にありがとうございました!

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JSEM電子音楽カレンダー/今月のピックアップ特別篇「サラマンカホール電子音響音楽祭」1

 

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

さて、2015年9月11日(金)から13日(日)にかけて、サラマンカホール(岐阜)にて「サラマンカホール電子音響音楽祭」が開催されます。

このフェスティバルは、サラマンカホールと情報科学芸術大学院大学(IAMAS)が主催し、日本電子音楽協会(JSEM)、先端芸術音楽創作学会(JSSA)岐阜県図書館岐阜県美術館との共催により開催されます。

日本電子音楽協会は、2日目の12日(土)に、「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」、そして、「テクノロジーと『作曲』の未来 JSSA/JSEM スペシャル・コンサート」というふたつのコンサートを開催します。

そこで「今月のピックアップ」も、「サラマンカホール電子音響音楽祭」に参加される方々を取り上げていきたいと考えております。「日本電子音楽協会 第19回 演奏会」にて新作を発表される大久保雅基さんに、電子メールでお話しをお伺いしました。

 

salamanca
サラマンカホール電子音響音楽祭 ぎふ 秋の音楽祭2015 第2日 6. コンサート
「日本電子音楽協会 第19回 演奏会 響きあうバロックと現代」

日 程:2015年9月12日(土) 14時開演
会 場:サラマンカホール(岐阜)
入場料:一般2,000円[サラマンカメイト 1,800円]/学生1,000円(小学生~大学生 30歳まで・学生証要提示)
http://www.iamas.ac.jp/eams2015/

 

■現在、大久保さんはIAMASで学ばれています。IAMASに進学された経緯や、IAMASでの創作活動などについてお話しいただけますか。

IAMAS以前はミュジック・アクースマティックなどの電子音楽の分野で活動しておりました。主に電子音を使ってスピーカーから再生される音楽を作っていたのですが、録音された音の音色の豊かさ、力強さに惹かれていきました。もう実際に生の音を電子音楽のようにコントロールできないか、と思いそういった研究をするためにIAMASへ入学しました。

IAMASを選んだ理由としては、卒業生や在学生の作品が面白いと思っていて、こういう人たちと同じ世界に居たいという気持ちからです。IAMASでは、アクースマティックの制作も続けておりますが、スピーカーの音をアナライズする音楽ではなく、視覚と合わせたマルチメディア作品や現実の空間で奏でられる電子音楽の作曲をしています。

 

■大久保さんの活動のひとつに、アクースモニウムなどによって上演される電子音楽の創作があります。2014年3月に東京で開催された「CCMC2014」では、「雫」という作品が上演されており、5月には「富士電子音響芸術祭2014」に参加されています。そして、10月に奈良の神社で開催された「ひびきののりと」というコンサートでは、「東北地方太平洋沖地震のための三重点」という作品が初演されています。大久保さんの創作におけるフィクスト・メディア作品の位置づけについて、そして、「雫」や「東北地方太平洋沖地震のための三重点」といった作品についてお話しいただけますか。

フィクスト・メディアのメリットとして、人間ができない音楽表現ができるということがあると思います。例えば、1,000 BPMで一拍ずつバスドラムを打って、8小節後に裏拍にハイハットを打つことは、人間にとっては困難ですが、コンピュータで打ち込めば簡単にできます。これによって、物理的制約によるリミッターが外れ、より知的好奇心によって構成ができるようになったと思います。

一方デメリットとしては、何でも出来てしまうことです。8分音符で1,024周期のループされたメロディが鳴らされていて、十二平均律より細かいピッチでマッピングされていても、知覚を超えてしまいランダムにしか聞こえません。このようなメリット/デメリットを意識しながら、鑑賞者の知覚を置いていかないような作品を制作しています。

「雫」は、電子音の基本的な波形であるサイン波のみを使用した作品です。現在は豊かな音色を合成できる市販のソフトウェアが多く登場し、簡単に面白い音が作れるようになりました。アクースマティックのコンサートを聞いていると、この音楽が面白いのは、作曲者の能力ではなく、作曲者が使っているソフトウェアを作った人の能力ではないかと思うようなことが増えてきました。自分自身への戒めもあり、単純な電子音であるサイン波に音量を描き、雫が水面に落ちた時のような音のみで制作しました。
https://soundcloud.com/motokiohkubo/shizuku

「東北地方太平洋沖地震のための三重点」では、東北地方太平洋沖地震の波形を使っています。2011年に僕は地元仙台で被災しました。当時はシンガーソングライターをやっている人が街中で人々を勇気づけているのを見て、現代音楽を作って誰も共感させることのできない自分は何やっているのだろうと悔しい思いをしていました。「ひびきののりと」のテーマが「この世界から消えた音」だったので、震災をテーマにした作品を創ることにしました。

地震の波形をオーディフィケーションしているのですが、解像度の荒い低音しかならないのでピッチを上げています。物理現象だからか、波が打つ音のように生の音のように聞こえるのが面白かったです。タイトルの「三重点」は科学用語で固相、液相、気相が共存する状態のことを言い、地震による地面の揺れ、津波、それを音にしたことによる空気の揺れを表しています。
http://hirvi.bandcamp.com/track/triple-point-for-2011-t-hoku-earthquake

 

■大久保さんは海外のフェスティバルにもたびたび入選されています。2014年10月にメキシコで開催された「MUSLAB 2014」や、11月にスウェーデンで開催された「Acousmatic for the People III」などのフェスティバルで上演された作品についてお話しいただけますか。

「MUSLAB 2014」では上記の「雫」が上演されました。MUSLABは多くの作曲家の作品が上演されたようです。作品を気に入って頂けたのか、会期中2回のコンサートで上演して頂きました。

「Acousmatic for the People III」では、「ふすまオーガズム」という作品を上演して頂きました。通常擬人化という行為は、文字や絵で行われますが、音による擬人化ができないかと挑戦した作品です。コンサートでもCDでもネットでも、まず作品を聴く前にタイトルを目にすると思います。そして作品の冒頭でも男女の喘ぎ声が再生されます。このように性的なテーマを念頭に置いた状態で、ふすまの音で作られた性的な行為からなるリズムや音色を聞けば、ふすまがオーガズムに達しているイメージが浮かぶのではないだろうかという挑戦です。
https://soundcloud.com/motokiohkubo/fusumaorgasm

 

■2014年10月には、横浜で開催された「スマートイルミネーション・アワード 2014」に、音と光の作品「そのいし」が入選しています。こうしたサウンド・インスタレーション、あるいは、サウンド・オブジェ的な作品を手掛けられるようになった経緯や、「そのいし」という作品について教えていただけますか。

IAMASに入ってからは、スピーカーから再生された音を鑑賞する形態の作品ではなく、現実世界に音楽を持って行きたいという思いがありました。そして技術的にも電子音の作曲だけでなく、プログラミングや電子工作の知識がやりたいことに追いついたということもあります。

2014年のスマートイルミネーションのテーマが「PRIMARY LIGHTS 語り合う光」でした。そこから原始的(PRIMARY)な素材が光で語り合うような作品を作ろうと思いました。素材として選んだのは、人間が素材として早い段階で使用したであろう黒曜石でした。黒曜石に紫外線で光る蛍光塗料を塗り、8×8で棚に並べ、紫外線LEDを当て光らせています。

光るルールにライフゲームを採用しています。光っている状態が生きている状態、光っていない状態が死んでいる状態として、最初にランダムに状態を生成します。自分が死んでいる場合、周りが3つ生きていれば次に誕生する。自分が生きている場合、周りに2つか3つ生きていれば次も生存する。それ以下やそれ以上だと死んでしまう。というルールで各セルが明滅します。

全体を見るとランダムなようだけれども、意思を持った生命活動のように見えます。そして彼らの活動をソニフィケーションします。横の8をメジャースケール、縦の8をオクターブにマッピングして、生きているセルのみが演奏されます。そうするとメロディと和音の中間のような音響が、毎回違うパターンで鳴り響きます。視覚と聴覚で鑑賞する作品です。

 

■9月に開催される「サラマンカホール電子音響音楽祭」で初演される作品について、現時点での構想を教えていただけますか。

こちらはコンサート「響きあうバロックと現代」で上演されます。アクースモニウムや電子音楽など、テクノロジーを使用した音楽で、サラマンカホールのパイプオルガンの使用が可能という条件でした。

パイプオルガンは鍵盤で音程が奏でられるだけでなく、左右にあるストップをオン/オフすることで倍音を追加することができます。それは電子音楽で言えば加算合成にあたります。既にパイプオルガンだけで電子音楽のような表現が出来るのに、更に電子音を加える必要は無いと思い、パイプオルガンの演奏のみの作品にしました。

演奏はコンピュータを使うものではありませんが、人間がコンピュータのようにルールの下で演奏/操作するものになる予定です。現在はオルガンの音色をコンピュータ上でシミュレートして、最適なルールを探しています。

 

■8月中旬にカナダで開催される「ISEA2015」にも大久保さんはご参加されるようです。こちらで上演される作品についてもお話しいただけますか。

ISEA2015のメインテーマは「Disruption(崩壊)」で、いくつかあるサブテーマの中から「Glitch」を選びました。グリッチとは、意図しないエラーやノイズを指します。CDの音飛びや映像の受信不良などの状態のことです。

音でのグリッチは、クリックやハムノイズ等色々あるのですが、僕はMP3圧縮によるグリッチに着目しました。データサイズを減らす目的でMP3圧縮をかけると、意図しないノイズが音源に乗ってしまいます。まずこれをグリッチとしました。そして、グリッチは通常、グリッチしていない状態としている状態、つまりオン/オフの関係しかありません。しかし音は時間軸を使えば、通常の状態からグリッチの状態までモーフィングすることでオン/オフの間を聴くことができます。

この作品はアルヴィン・ルシエの「I am sitting in a room」を参考にして「I am sitting in a .mp3」というタイトルにしました。ルシエの作品は録音した声を部屋で再生し、その音を録音し…を繰り返すと部屋が持つ周波数特性が残るという作品です。この作品では「私はMP3の中で座っています」という声の音源をMP3圧縮し、更にMP3圧縮し…を何度も繰り返しながらビットレートを下げていき、最終的にはリズムと音色が崩壊したノイズ音になります。

 

■今後の活動のご予定などお話しいただけますか。

7月31日に岐阜県大垣市のスイトピアセンター・コスモドームでプラネタライブ「ゆらぎ、ささやき」があります。こちらは映像作家のScott Allenと共に電子音響音楽と自作投映装置のパフォーマンスライブを行います。

8月14~18日にはカナダのバンクーバーでInternational Symposium on Electric Arts(ISEA)、9月11日から13日に岐阜県岐阜市で行われるサラマンカホール電子音響音楽祭に出品します。皆さま是非お越しください。

 

■これからのますますのご活躍を期待しております。どうもありがとうございました!

ここまでお読み頂きありがとうございました!

 

 

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JSEM電子音楽カレンダー/2015年6月のピックアップ

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年6月に開催されるイベントから、今回は5月16日(土)から6月21日(日)にかけて、京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて開催される「マテリアライジング III 物質と情報とそのあいだ」をピックアップいたします。この展覧会にご出品されている城 一裕さんに電子メールでお話しをお伺いしました。

 

 

マテリアライジング III 物質と情報とそのあいだ

日 程:2015年5月16日(土)〜6月21日(日)
会 場:京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA
休館日:月曜日
入場料:無 料

出展者:
・hclab.
・加藤大直 + 佐々木崇人
・木内俊克 + 砂山太一 + 永田康祐
・重松あゆみ
・城 一裕
・鈴木雄貴
・舘 知宏
・谷口暁彦
・田部井 勝
・dot architects × 水野大二郎 × Fablab 北加賀屋
・中原浩大
・久門剛史
・松井 茂 + 仲井朋子
・渡邉朋也
・山本 悠

http://materializing.org/15_about/

 

■2014年11月に発行された「Neural」誌には、「Au Clair de la Lune – For Édouard-Léon Scott and László Moholy-Nagy (1860/1923/2014)」というタイトルの紙製のレコードが封入されています。こちらの紙製のレコードは、どのような過程を経て製作されたのか、また、同月発行の「Leonardo Music Journal」誌に掲載された論文「The Role of Mechanical Reproduction in (What Was Formerly Known as) the Record in the Age of Personal Fabrication」との関連についてお話しいただけますか。

このレコードは,ここ数年行っている,A record without (or with) prior acoustic information − 予め吹きこまれた音響のない(もしくはある)レコード,という一連の試みから生まれたものです.一般的なレコードとは異なり,音源(吹きこまれた音響)の代わりに Adobe Illustrator 上で直接波形を描き,それをレーザーカッターやビニールカッターなどの機材を用いて,紙や木,アクリルなど様々な素材の上に刻んでいます.詳しい作り方はWebで公開*しているのでそちらをご覧ください.

*「紙のレコード」の作り方 −予め吹き込むべき音響のないレコード編−
http://www.slideshare.net/jojporg/131222-papaerecordjp

「Au Clair de la Lune – For Édouard-Léon Scott and László Moholy-Nagy (1860/1923/2014)」に関しては,友人でもある「Neural」誌の編集長 Alessandro Ludovico が来日した際に,この試みの幾つかの実験結果を見せたところ,ぜひこれを元に定期購読者向けの付録を作りたい,とのことで作成しました.

この曲(邦題:月の光に)はご存じの方も多いかと思いますが,現時点では世界最古の録音と言われているものでもあり,今回はこのフランス民謡のスコアから各音の周波数を割り出し,その値を元に波形を描画しています.なお,タイトルはこの曲の録音を記録していた装置,phonotograph の開発者,レオン・スコットと,1923年に発表したエッセイの中で,盤面に直接溝を刻む,というアイデアを提唱していたバウハウスのマイスター,モホリ=ナジ・ラースローにささげたものとなっています.

「Leonardo Music Journal」誌に掲載された論文では,その歴史的な背景を記すとともに,100年以上の歴史を持つ成熟した技術であるレコードと現在のツールとを組み合わせることで可能となったこの試みを,20世紀までの少品種・大量生産から,インターネットを踏まえた多品種・少量生産へと向かう動きであるパーソナル・ファブリケーションと対比させて,その特徴を考察しています.

 

■2015年3月には、九州大学にて開催された「先端芸術音楽創作学会」において、以前から取り組まれてきた「生成音楽ワークショップ」を総括するご発表をされています。今後の「生成音楽ワークショップ」はどのような方向へと展開させて行くのか、ご予定のことなどございますでしょうか。

「生成音楽ワークショップ」は,東京芸大の金子智太郎さん(美学・聴覚文化論)と共に2010年から行っているプロジェクトで,自動的に音を奏でる装置・システムの奏でる音楽を生成音楽,と呼び,その古典的な作品の再現を通じ,この音楽への理解を深めようというものです.

これまで,科研費「挑戦的萌芽研究「生成音楽の体系的理解に向けた音を生み出す構造の分析」(24652029)」の助成を受けて行っていたのですが,今後はここでの試みを先述のレコードを含めた,パーソナル・ファブリケーション以降の資格・聴覚メディアを中心とした芸術表現につなげる研究を,金子さんに加え,先日著書「音響メディア史」(谷口・中川・福田,ナカニシヤ出版,2015)を出版された横浜国大の中川克志さん,さらに現在僕が勤務している情報科学芸術大学院大学[IAMAS]の同僚であり,最近は光と影を用いた各種の作品を発表されているクワクボリョウタさん,グラフィックデザイナーの瀬川 晃さん,そしてこの4月から IAMAS に加わった詩人の松井 茂さん,と共に進めていく予定です.なお,この成果は5月23日から東京初台の NTT インター・コミュニケーションセンター[ICC] オープンスペースで一年に渡り展示する「車輪の再発明」プロジェクトの中で紹介していく予定です.

 

■2015年3月から4月にかけて、神戸アートビレッジセンターにて開催された展覧会「phono/graph 音・文字・グラフィック」に参加されています。こちらの展覧会ではどのように展示に関わられたのでしょうか。

「phono/graph」は2011年に始まった,音,文字,グラフィックの関係性を考えるプロジェクトで,アーティストの藤本由紀夫さんを中心に,八木良太くん,softpad, intextニコール・シュミットさん,鈴木大義くん,というメンバーで構成されています.僕は,先述の「紙のレコード」の作り方をみて声をかけていただき,今回の神戸の展示から参加することになりました.

このプロジェクトは,いわゆるグループ展とは異なり,半年ほど前から毎月ミーティングとその後の打ち上げを繰り返し,その様々な実験の結果と経過を一つの展示として見せる,という形になっています.個別には,これまで個人でやってきた試みを幾つか出した他,自走式のレコード・プレイヤーを改造して制作した121インチのレコードなども展示の一部としています.次回の予定はまだ決まっていませんが,今後もプロジェクトは継続されるはずなので,webサイトを是非ご確認ください.http://www.phonograph.jp/

 

■2015年5月から6月にかけて京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて開催される「マテリアライジング III 物質と情報とそのあいだ」展に、どのような作品をご出品されるのか、現時点の構想などお話しいただけますか。

以下,展覧会用に記したエッセイを転載いたします.現段階でもまだ作品を製作中のため出展作品とは内容が異なる可能性もあるのですが,ご来場お待ちしております!

ーーー

一般的にレコードというものは,音楽という情報を物質化したもの[中川, 2015],と位置づけることができるだろう.この物質としてのレコードを強く意識させてくれる試みとしては,複数のレコードを物理的に分割し,その断片を再構成して新たなレコードとして聴く,ミラン・ニザの「ブロークン・ミュージック」(1963−79)やヤン富田の「PREPARED RECORD」(1998)などがある.

一方で,これまでに筆者がおこなってきたコンピュータ上で描いた波形を直接盤面に彫り込み,そこから音響を発生させるという一連の試みでは,音楽ではない情報(ベクトル画像)が様々な素材(マテリアル)を介して物質化され,そこから音が生じる.ここで描かれる波形は,サイン波に近似しているため(具体的には Adobe Illustrator の効果>パスの変形>ジグザグ>滑らかに),溝の上を針が進むことでいわゆる電子音のような音が聴こえることとなるが,実際にはあくまでも機械的に刻まれた凹凸を針がなぞっているだけであり,そこではシンセサイザーでみられるような電子的な音の生成は一切行われていない(コンピュータで作られている,という意味においてデジタルサウンド,ということは出来る).

これまでの実践の中では,音響を発生させるための装置として,現在でも幅広く使われているレコード・プレイヤーを用いてきた.塩化ビニールを素材とした通常のレコードを再生するために作られたこの装置を利用して,紙や木,アクリルといった多様な素材(マテリアル)にレーザー光やカッターで刻んだ溝から音を奏でている.ここでは(音楽ではない)情報を物質化する上で,素材という多種多様な道筋があり,その選択は作り手に委ねられてしまう(ただし,塩化ビニールはレーザー光によりダイオキシンを発生するため,多くの場合利用を禁止されてしまうのだが).

他方,今回の出展作品では,電子音として聴こえる音を電気の力を借りずに奏でるべく,電気的な増幅なしに機械的に音を拡声する蓄音器を用いることとした.結果,これまでに使用してきたほぼすべての素材(マテリアル)は,その針圧(レコード・プレイヤーが数 g 程度であるのに対して,蓄音器は 100g 以上)に耐えることが出来ず,針と素材の表面との摩擦によって動きが止まってしまうということとなった.現段階(5月初頭)では,まだ最終的な解法(マテリアライジング?)を見出だせていないのだが,情報を物質化する道筋の選択に,恣意性ではなく必然性をもたらしてくれるこの制約を,いまは肯定的に受け止めている.

参考文献
中川克志,第15章「音響メディアの使い方 − 音響技術史を逆照射するレコード」,音響メディア史,ナカニシヤ出版,pp. 281−302,2015.

 

 

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JSEM電子音楽カレンダー/2015年5月のピックアップ

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年5月に開催されるイベントから、今回は、5月22日(金)に京都・法然院において開催される「及川潤耶 VOICE LANDSCAPE – ta ka ta ka Crickets」をピックアップし、ドイツ在住の及川潤耶さんには電子メールでお話しをお伺いいたしました。

 

 

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及川潤耶 VOICE LANDSCAPE – ta ka ta ka Crickets

日 程:2015年5月22日(金)
場 所:京都・法然院

・17:00〜  サウンド・インスタレーション展示
・19:00~20:00  対談・コンサート(新作初演)

対談:及川潤耶(ZKM カールスルーエ メディア芸術センター 客員芸術家)× 吉岡 洋(京都大学 大学院 文学研究科 教授/美学・メディア理論)

助成:公益財団法人 野村財団、公益財団法人 朝日新聞文化財団
協力:HAPS、法然院、onpa)))))

http://kojiks.sakura.ne.jp/oikawa.html

 

第1部 2015年4月3日公開

■及川さんは2011年の秋から、客員芸術家としてドイツのカールスルーエ メディア芸術センター(ZKM)に所属しておられます。ZKMに行かれることになった経緯、また、ZKMでのご活動、ドイツでの生活などについてお話しいただけますか。

東京藝大の大学院でお世話になった古川 聖 教授から紹介がありまして、幸運にもZKMの音楽・音響研究所から客員芸術家として招聘される事になりました。 ZKMには2つの大型美術館と、市のギャラリー、3つの研究所、2つのイベント施設があります。そして、年間におおよそ30回の展示、100回のイベント、そして15件の出版が行われる、現在の日本には例がない規模で運営されている芸術文化施設です。

ここでは作家専用の音響スタジオと制作に必要な音響機材や技術職員のサポートが提供され、24時間スタジオで研究・制作が出来る環境が整っています。主に自分のプロジェクト、例えばサウンド表現の研究や、委託作品の制作等をここで日々進めています。

日本からドイツ・カールスルーエ市に移り住んで3年半が過ぎますが、芸術家としてドイツで生活するには、まずは長期滞在ビザの取得が必要でした。この地域では、就学ビザの取得に比べてアーティスト・就労ビザの取得は容易ではありません。

またドイツでは芸術家・フリーランスの立場は社会的に低くありません。例えば、芸術家の為の組合に審査が通ると社会保険料が控除されます。これは低所得の芸術家に対する支援を国の税金(ドイツの税は20%)でまかなわれいて、芸術家という身分が社会的に保証され、そして芸術の仕事自体も実社会と密接に関われている事になります。

そして、ドイツは人が生活していく上で最低限必要な環境が整っているように思います。 例えば、就労ビザを取得できると語学学校は無償で受けられますし、食材も安く品質も良いです。そして教育や医療のほとんどは無償で受けられます。 このように人々の多様な価値観や社会環境があるので、芸術家は生活しやすい国かもしれません。

 

■2013年に及川さんは、フランスの「Qwartz Music Awards」において、実験/研究部門の最高賞を受賞しておられます。こちらでの受賞作品「Bell Fantasia」について教えていただけますか。

「Bell Fantasia」は南ドイツのシュベービッシュ グミュント市で毎年開催されているヨーロッパ教会音楽祭から2012年に委託を受けました。その年のフェスティバルのテーマは「郷土と異国」でしたので、この街を象徴する音を録音して作品を制作できないか、ディレクターと相談し内容を詰めていきました。

実際の制作過程では、フィールドワークを通じて街を囲む様にして建っている11カ所の教会の鐘の音や、合唱、街の日常音を2日間に渡って収録し、最終的に計6曲、約22分の組曲に仕上げました。 各曲を説明すると、街を歩いて日常の情景を構成した「Acoustic Scenery of Schwäbische Gmünd」、鐘の音のみから子供の声や全ての音が作られている「Tweeting bells night」、自演した琴の録音を西洋楽器の音色や旋法へ変容した「Wind melody」、そして「Bell Strata 2」はこの作品のフィナーレを飾る曲になります。街の日常や私自身の故郷の波の音、そしてこの街の鐘の音から東洋の鐘の音を作り出す事で、“鐘”が象徴する祈りや、私たちの深層的な郷土を押し上げる様な音響のイメージを、音楽的な表現と重ね合わせています。

このプロジェクトで印象的だった事は、鐘の音を録音したときの音響の体験です。教会の外と中から鐘の音を収録したのですが、まず教会の屋根裏で実際に鐘が動いて音を出している様子を初めてみました。街のどこに居ても聞こえるくらい大きな音の発音源を2〜3メートル四方程度の空間内で聞くのですからそれはもの凄い音響で、ポータブルレコーダーのマイクゲインを少しブーストするだけで適切音量になるくらいです。

さらに衝撃的だったのは、複数の鐘の倍音が共鳴し合う現象を体験したことでした。大きな音圧を体全体で受けた影響か、その倍音現象が光の線の様に見え、その光が身体を抜けて行く様な感覚を覚えました。これは人生で初めての音響の体験で、 それは何層にもわたる第5倍音以降の音の集積と移行でした。 リゲティの「ルクス・エテルナ」で扱われているテキストや音響・ミクロポリフォニーを象徴する感覚を覚え、その時に西洋の根源にある思想や意識を実感したように思います。

 

 

■2014年にも、フランスの「Biennale Bains Numériques」にて批評家賞を受賞しておられます。こちらのフェスティバルの様子や、及川さんが受賞された作品などについてお話しいただけますか。

この祭典は、パリから電車で15分くらいの場所にあるアンギャン=レ=バン市のデジタルアートセンター「CDA」の主催により開催している電子芸術のビエンナーレになります。

2014年にユネスコ創造都市ネットワークのメディアアーツ部門に認定された事から、このフェスティバルの名前を知っている関係者も多いかと思います。展示作品はテクノロジーとアートのイノベーションを主題にした作品がキュレーションされていて、作品の傾向としては、拡張現実とインタラクティビティー、電子工作系のオブジェ、身体表現と映像・サウンドによる舞台表現、公共空間におけるパブリックアート、サウンドライブなどがあり、7日間にわたって 駅や教会、公園、湖畔、商店、メディアシアターなど、街の至る所を舞台に公開されました。

今回受賞した作品「VOICE LANDSCAPE」は、自分の録音した声や音韻を生物の存在や自然現象の音などに変容して周囲の環境と呼応させる作品で、長年追究しているプロジェクトになります。広さおおよそ600平方メートルの庭園「Villa du Lac」を舞台に、複数の箇所に対して本シリーズの – ta ka ta ka Crickets ver2、 electroBirds、Labile lip-Water Whisper、Labile lip-Insect を構成しました。

作品の配置に関して、事前にスタッフと画像を介して相談していたのですが、実際に現地を訪れた際、その場の音環境や雰囲気から、直感的に全ての作品の配置や提供作品を変更しました。ですので、2日の調整期間の中で作品のプレイスメントからインストールまで行うことになったのですが、結果としてはそれが功を奏して、庭園の自然環境と作品の関係性を豊かに表現する事が出来たと思います。

 

 

 

 

第2部 2015年5月11日公開

■今年の4月には、ドイツのニュルティンゲンにおいて、立体音響空間のためのソロ・コンサートを開催されました。このコンサートでの新作について、また、作品が上演された空間などについて教えていただけますか。

このコンサートは南ドイツにあるFohhn-Audio社バーデン=ヴュルテンベルク芸術財団の協力によって実現しました。 2012年に私はこの芸術財団に新設された「新しい音楽の形態」部門の初代受賞者に選出された事もあって、今回のソロコンサートで新作委嘱を受ける機会を得ました。

コンサート会場となったFohhn-IOSONO 3D Labは、IOSONO社の立体音響技術を導入しているラボの中ではヨーロッパ最大規模で、この広い空間にはFohhn社のオリジナルスピーカーが20個以上インストールされています。 また、ここではスピーカーの音響計測をする為に余分な残響や反響を抑えた施工がされていますので、音が螺旋を描いて上ったり、パースペクティブな音の距離感や密度の変化などをイメージ通りに表現する事ができました。

今回扱ったIOSONO社の技術は3層からなる立体音響の為の音場作成ソフトになります。プラグインのような形で動くのですが、これはソフトウェアとハードウェアによってシステムが組まれていてNUENDO上のみで動作します。 Wave Field Synthesisを応用した音像定位も扱えてリスニングポイントが広く、かつ精密に音響を扱える事が特徴です。 今回は新作を含む電子音響作品(計60分)を、約25時間というタイトな制作時間の中で立体にしましたが、このソフトのインターフェイスはとても実用的でシステムも安定していて、所謂DAWで一層の為のサラウンド作品を制作する事とほぼ変わりなく作業ができました。

新作は電子音響作品の「Plastic Recollections 6」と、エレキギターの作品「Acoustic Sketch 2(仮題)」からなりました。まずはそれらをZKMのスタジオで制作し、前作に関してはFohhn社のLabで立体にして、後作に関しては2chステレオを基本に音場を作り演奏をしました。

「Plastic Recollections」シリーズは2004年からおこなっている音響のプロジェクトで、単一の物音から発せられる様々な音世界を見つける事、またそれらを有機的に構成する事を目的に始めました。 これまでにMDを振る音やピアノのノイズ、コンクリートブロックの摩擦音、発泡スチロールの溶解音などと続けてきて、今回はスネアドラムの音から作られたテクスチャーを3D空間の為にコンポジションした17分の作品になります。エレキギターの作品は、教会に響く残響をその空間に集積された歌の記憶や軌跡としてイメージして制作したモーダルな作風です。意識の対象が定まらないくらい遠い距離にある複数の音の輪郭や、身体の呼吸から開放された意識の距離感を叙情的に表現した17分の作品になります。

 

3_DSC_2327_oikawa_soloconcert_FohhnIOSONO(Yoshiya Hirayama)photo: Yoshiya Hirayama

 

■及川さんは2009年から「Voice Landscape」というプロジェクトを継続され、2014年にはカナダで個展「Voice Landscape」を開催しておられます。「Voice Landscape」というプロジェクトについて、また、カナダでの個展についてお話しいただけますか。

Voice Landscapeは、録音した私自身のオノマトペや声をテクノロジーを介して虫の声や、少女の声、水や風の囁き等といった自然現象の音に変換し、庭園や自然環境などで展示するプロジェクトとして2009年頃から構想を始め、これまでにドイツ、イタリア、フランス、カナダなど各地で展開してきました。

このプロジェクトにおいて、録音した自分の声を変容する事は、姿形をもつ個人の身体性や性別を超越した現象としての生命の存在を自然環境の一部として構造する事を目的にしています。音楽や音は、それそのものが身体であり意識であると私は考えていますので、個人の情報や象徴から作られたサウンド、言わば音の生命が環境に存在して、かつその場所と呼応し変容して行く方法を追究しています。

録音した声を扱ったきっかけは、2003年に制作した電子音響の処女作「Arc」になります。当初、電子音や機械的なリズムを扱う表現に何か違和感を感じていて、そのとき録音した声を作品の中に取り込む事で作品の表情が有機的に変わる事に気づきました。無機質な素材に対して人間の存在が作品の中に感じられる温度というか、声や非言語という生命の内面の様な存在を作品から感じる事が自分の中で重要だったからです。この時から声を録音する行為や、人間の存在に変わる有機的な何かを象徴する音の現象や音の機能に対して自分なりの発想を持つ様になりました。

カナダの個展は、 カナダのニューブランズウィック州にある海の街 St. Andrewsに1964年に創設された“自然とアートセンター Sunbury Shores”からの委託でして、この施設の開設50周年を記念した事業としてサウンドインスタレーションとコンサートピースの制作発表を行いました。

個展会場になったMinister’s Island – Bath Hauseはカナダの国定史跡に指定されていて、この島は元々カナダ鉄道の創設者William Cornelius Van Horne(1843-1915)が別荘として購入したものです。

この地域は7メートルの潮汐があり、潮が引くと海の中から数百メートルの島へ続く砂利道が表れます。ですので、引き潮で観光ができる時間以外は無人島になります。

Bath Hauseはこの島の岬にあり、海岸の底の岩を削って人工的に作られたプールへ続く建築物になります。 展示ではこの建物の室内空間を通じて野外の海へ続く一連の3つの環境に対して、新作を含めたVoice Landscapeのシリーズをインストールし、その空間の残響や目の前に広がる海の情景、周囲の環境音と呼応させました。

この展示場所は元々決まっていたのではなく、私が現地に滞在してオーガナイザーと一緒にフィールドワークを通じて見つけた場所でした。この国定史跡で芸術の企画や滞在が許可されたのは今回が初めてで、さらに幸運な事に5日間、この島にあるコテージ(彼の親族が暮らした家)で寝泊まりをして作業することが可能になり、この個展の様子はカナダ国営放送CBCで短いドキュメンタリーとして扱われました。

このように、滞在制作をベースとしたプロジェクトはサイトスペシフィックな場所で行われますので、実際に現地に滞在してその環境を肌で感じる体験や、現地の人達とのコミュニケーション、現地で構想を更新するプロセスが作品の結果に大きく関わる面白さがあり、スタジオで行う電子音響の作曲スタイルとは真逆の性質を持つ面白さがあります。

 

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■今回、京都の法然院というお寺で「Voice Landscape」が公開されます。現時点での構想をお話しいただけますでしょうか。

これまで海外で展開していたので、何処かの機会に日本で展示出来ないか考えてきました。このプロジェクトの概念に当たる部分はアニミズムの影響も見え隠れします。このような概念を京都の寺院という日本の精神を象徴する場で実施する事は、自然や生命に対するオマージュを捧げる最適な舞台とも考えています。今回はこのシリーズから「takataka Cricket」1作品の展示になる予定です。とても詩的で静的な作品で、自然の模倣や変容、周囲との呼応といったサイクルをこの寺院の環境音との関係性を含めて鑑賞出来るようにしたいと思っています。

 

法然院では、サウンド・インスタレーションの「Voice Landscape」以外に、新作によるコンサートも行われるとのことですが、こちらの新作はどのような作品になるご予定でしょうか。

エレキギターを使った10分程度の短い作品を構想中です。

先日、法然院を下見した際に住職の法話も聞く事が出来ましたので、それらのインスピレーションを得ながら、takataka Cricketと庭の環境音、そしてギターの音が独立しながら、尚かつ時折呼応する形で森羅万象を表現できればと思っています。

 

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■今後のご活動の予定など教えていただけますか。

日本滞在中はこの京都の個展の他に、関東の幾つかの大学で公開特別講義とミニコンサートの企画が予定されています。また東京でも作品が展示される予定です。

ドイツ帰国後は、ブレーメンで開催されるアクースモニウムのフェスティバルなど、現在のところ1年先まで各国で各プロジェクトが進行中です。FBの情報をなるべく更新して行きたいと思います。

 

■個展のご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました。

 

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JSEM電子音楽カレンダー/2015年4月のピックアップ

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年4月の「ピックアップ」はちょっと趣向を変え、2014年4月からベルリンに滞在されているサウンド・アーティストのニシジマ・アツシさんに、電子メールでお話しをお伺いいたしました。

 

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■ニシジマさんは、文化庁の「平成25年度 新進芸術家海外研修制度」によって1年間ベルリンに滞在されています。この制度に応募された経緯などお話しいただけますか。

2007年にスタートしたプロジェクト“John Cage 100th Anniversary Countdown Event 2007 – 2012” も、多くの支援者のおかげで終えることができました。2007年~2012年の間に6回の公演とワークショップ等も行い、それ以外に自分の展覧会活動も並行して行っていたので、少し一休みして充電しようと思って応募しました。現在までも短期のレジデンスプログラムには何度も参加したことはありましたが、1年間も滞在できてとてもありがたかったですね。

 

■ベルリンではどのような生活をされておられたのかお話しいただけますか。

焦って特に何かをしよう、調査しようなどという気もなくて、春、夏、秋は自転車で街中をまわって、人々の暮らしを眺めていました。季節がいい時期の夕暮れ時は、老若男女多くの人が、川縁でビールを片手に談笑している風景をよく見ました。僕もクロイツベルグで借りていたスタジオの近所の川に行って、日暮れまでよくビールを飲んでましたね。

また、ベルリンには至る所に公園があって、緑も多く森の中を散歩したり、読書もよくしました。公園で特に印象に残っているのは子供の遊具で、デザインはかわいいものもたくさんあるのですが、いずれもダイナミックでワイルドなんです。例えばブランコにしても支柱の高さが高く、振り幅が大きくて最大時には大人の身長を軽く越えるくらいの高さまで振れる。日本では考えられないサイズなんです。

大人が乗っても怖いくらいのものが設置してあるのですが、ブランコの下には木屑のようなクッションが安全のために敷いてあって、親も常に付いて子供に安全を指導している。日本だと、子供だけで遊んでもケガをしないように最初から安全で小さなブランコにしてあって、クッションなど管理の手間になるようなものは設置されていないことが多いですよね。ベルリンでは、自由・享楽と同時に責任(自己・利用者)も子供の頃から親子で学んでいるような気がしました。ベルリンで行われる大きなイベントやフリーマーケット等は、その延長線上で可能にしているのだろうなとも思いました。

 

■2014年8月には足立智美さんや森本誠士さんらと、ベルリンのN. K. というスペースで「Kyoto Protocol: Experiments in Art & Technology III」というコンサートを開催されています。また、2014年12月にはミュンヘンのAkademie der Bildenden Künsteにて「EXPERIMENTELLE MUSIK 2014」というコンサートに参加されています。これらのコンサートでどのようなパフォーマンスをされたのか教えていただけますか。

約10年くらい個人のライブ活動は控えていて、美術分野での活動を主にして来ました。ベルリンでも、作品制作を中心に活動する予定でしたが、なかなか環境がうまく整わなかったこともあって、当初は、ドローイングや今後の作品のアイデアなんかをノートにまとめたりしていました。

そうした中、立命館大学教授のマイケル・ライオンズさんに誘っていただき、「Kyoto Protocol: Experiments in Art & Technology III」at N. K. / Berlinに参加させていただきました。ライブスペースということもあって、比較的安定しているコンパクトエフェクター等を使用したフィードバックをコントロールする演奏を行いました。足立さんには「これ何年やっているんですか?」とからかわれましたね。確かに自分でもどれくらい前からやっているかわからないくらい古いシステムでしたね。

「EXPERIMENTELLE MUSIK 2014」at Akademie der Bildenden Künste / Münchenでは、ロウソクの光を音に関連付けたサウンドシステムを使用しました。これもずいぶん昔からやっているのですが、友人曰く「昔の印象とはまったく違ってかなり洗練された。」とのことでした。洗練されたかどうかは、自分ではわかりませんが、現在は予めつくった楽譜にそって行為し、ロウソクの炎をとおして、テーブル上の環境や状況を音としてアウトプットするパフォーマンスをしています。

 

■電子音楽やサウンド・アートに限らず、ここ1年ほどのベルリン滞在において、印象に残ったレクチャーやコンサートなどがございましたらお話しいただけますでしょうか。

残念ながら、今回はそういった機会には出会えませんでしたね。でも、初夏のフランスの田舎町で印象深い体験はしました。
バーゼルのアートフェアを見に行った際、フランス側のMulhouseという小さな街に宿泊していたのですが、ある日、ホテル近くの公園のベンチに腰を下ろしてコーヒーを飲んでいたところ、少し離れた教会の鐘が鳴り始めました。

次第に公園を取り囲む回廊が共鳴し始めて、美しい倍音とうなりを発し、時間が経つにつれてそれがどんどん変化していって、公園に生息する鳥や虫、そして生活音も相俟って、とても素敵なサウンドスケープに出会ったのはいまでも印象に残っていますね。iphoneで録音を試みましたが、上手く録音できませんでした。まさに印象でしか記憶に残っていませんが、とても忘れがたい体験でした。

 

■ベルリンにおいて、電子音楽について何らかの新しい動向はございましたでしょうか。

これも残念ながら今回はそういった音楽には出会えませんでしたね。とてもアグレッシブで刺激的な音楽はたくさん出会ったのですが、音楽的な感動となると・・・・。

おそらく、僕の現在の心境や活動にフィットしなかっただけで、ベルリンはサウンドアートのメッカであることには間違いないと思います。

 

■今後のご活動の予定などお話しいただけますでしょうか。

この夏にMies van der Rohe Haus / Berlinにて、友人のUlrike Brand(cellist)と小さなコンサートをするプロジェクトが現在進行中ですが、まだ確定はしていませんね。

何はともあれ、今回の滞在で再び演奏する機会に恵まれたことは、現在の自分にとって良かったと思っています。帰国後も何らかの形で、サウンドパフォーマンスをする機会が持てればと思っています。そして、展覧会活動もこれまで以上にがんばりたいと思っています。

 

■帰国後のご活躍を楽しみにしています。どうもありがとうございました!

 

 

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JSEM電子音楽カレンダー/2015年3月のピックアップ

 

JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。

2015年3月に開催されるイベントから、今回は、2015年4月まで東京都庭園美術館にて開催されている演劇/映画作品、「饗宴のあと アフター・ザ・シンポジウム」に音楽として参加され、そして、3月22日(日)に東京オペラシティ リサイタルホールにおいて開催される「大矢素子 オンド・マルトノリサイタル vol. 4 日仏の曲線」にて新作を発表される鈴木治行さんをピックアップし、鈴木さんには電子メールでお話しをお伺いいたしました。

 

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饗宴のあと アフター・ザ・シンポジウム
日程:2015年1月17日(土)~4月7日(火)
場所:東京都庭園美術館

 

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大矢素子 オンド・マルトノリサイタル vol. 4 日仏の曲線
日程:2015年3月22日(日)13:30開場 14:00開演
場所:東京オペラシティ リサイタルホール

 

■2014年の鈴木さんは2月と11月に渡独され、いくつかのコンサートに参加しておられます。2月のベルリンでのエレクトロニクスによるソロ、そして、11月のケルンでの「カメラを持った男」の上演についてお話しいただけますか。

2月のベルリンは、現地に在住している足立智美君の企画で、Ackerstadtpalast というライヴハウスでやりました。ただ、ドイツに着いてから機材のトラブルがあったので、急遽現地でCD-Jをレンタルしたりとかドタバタしてました。それで、機材が変わったりして用意していたことが十全にはできなくなってしまったり、慣れない機種になって細かい操作が難しくなってしまったりして、本来やりたかったことを十分にやれたとはいえません。ただ、中身は、もともと固定した作品ではなく即興のつもりだったので、その意味では不慮のトラブルにも対応しやすかったですね。傷を負ったまま何とか乗り切ったという感じです。

11月のケルンは、サイレント映画ライヴを初めて海外でやった、という意味では僕にとって重要な意味を持ってます。これはHerbrand’s Clubというバーというかクラブの中にちょっとしたフリースペースがあって、そこでやりました。『カメラを持った男』は2006年にパルテノン多摩で初演して以来国内でも一度も再演しておらず、これが2度目の演奏となったわけです。初演した頃はハードディスクレコーダーを使っていたんですが、その後protoolsに移行したので、この作品に限らず、過去にやったサイレント映画を今再演する時は同じ素材でprotools用に組み直してます。演奏は、かなりうまく行った方じゃないでしょうか。本番ではいろんな操作がときにややこしく、どっかしらミスが出るんだけれど、今回はほとんどなかったような。

 

■現在、東京都庭園美術館では、相馬千秋さんのプロデュースにより、藤井 光さんが演出とテキスト、深田晃司さんがテキスト、鈴木さんが音楽を担当し、ヘッドホンを装着して庭園美術館内の部屋を巡るという、演劇/映画作品「饗宴のあと アフター・ザ・シンポジウム」が公開されています。スマートフォンから音を再生しつつ鑑賞するということで、こちらの作品にはミュジック・コンクレート的な要素もあるのではないかと思われます。こちらの作品の成立の経緯や、音楽の要素などについて教えていただけますか。

去年の6月に相馬さんから連絡をもらって、改装のために休館していた庭園美術館がリニューアルオープンするので、オープン企画の一環としてこういう話があるので協力して欲しい、ということでした。相馬さんとは2008年のportBの『荒地』の時に知り合ったんですが、彼女はその後F/Tで刺激的な企画を次々打ち出すようになり、僕も頼もしく見ていて、彼女の姿勢やアンテナを全面的に信頼していたので、一も二もなくやることになったわけです。

portBのは、廃館になった図書館を観客が歩き回って、あちこちに仕掛けられたスピーカーから発する音響を体験する、という作品だったんですが、今回も、ヘッドホン装着という違いはあるけど、観客が館内を歩いて音響体験をするという点では似ていて、それで僕のことを思い出したのかな、とも思ったり。あるいは、CD『語りもの』をもし彼女が聴いていたら、テキストと音響の新しい形の織物として、今回の企画を僕に、と思ったのかも、ということも考えられるけど、どうでしょう。

中身のことですが、この美術館はかなり独特な、日本の近代の歴史を背負った建物で、それを全面的に踏まえた作品にしたいということで、藤井さん、深田さんがまずシナリオを書きました。11の部屋のそれぞれが何の部屋だったのかを前提にテキストが練られ、観客の部屋から部屋への移動が「主人公」の移動とシンクロするようになっています。歴史と現代をどう向き合わせるのか、という観点から、東北の被災地のイメージを導入する方向になって、南相馬までレコーディングに行って来たりとかもしました。

映像のない映画ともいえるけど、普段映画音楽をやる時に比べると、僕の姿勢は通常の音楽家のポジションを逸脱したと思います。映画での音楽担当となれば、普通は監督の意向をハイハイと聞いて、監督の希望を音楽で実現する、という形になりますが、今回の僕の立ち位置もそうなのかと、藤井さんに予め確認したわけです。そうすると、もっと自分の考えをどんどん出して逸脱して構わない、ということだったので、そうしちゃった。

とはいえ、最後まで藤井さんのイメージは全体を貫く柱として中心にあります。素材はほとんど現実音で、わずかにオシレーターとか抽象的な音も混じってます。いわゆる映画のように、現実音もあれば、もっと音楽らしい、メロディやリズムのあるような音楽を使うのもあり、と思っていたんですが、最終的に音楽らしい音楽は一切書きませんでした。劇中に流れるパーティやダンスのBGMは、実際に庭園美術館が所蔵している当時の古いレコードから持ってきました。結果的に、音響は僕のサイレント映画ライヴに近くなったと思います。

ただ、好きにやったといっても、テキストはこの作品のコンセプトにとって非常に重要なので、それを観客に届けることが最優先で、音響がテキストを覆ってしまうことは避けました。部分的に、音響の方に針が大きく振れる瞬間はあるんですが、最終的にはテキストに戻ってきます。主人公の少女の声だけは必ずクリアに大きく響く一方、その他の人物たちはもっと背景に位置する存在としてぼかされています。出来上がったものを振り返ってみると、おそらく、演劇、映画の延長でこの作品を体験する人は、音響がだいぶ主張していると感じ、逆に音楽として、ミュージック・コンクレートと思ってこの作品を体験する人は、思ったよりテキスト寄りだなと感じる気がします。

 

■3月22日には大矢素子さんのオンド・マルトノによるリサイタルのために、オンド・マルトノによる新作をご発表されるようです。現時点におけるこちらの新作の予定や構想などについてお話しいただけますか。

この委嘱をいただいてから、おそらく他の多くの作曲家もそうであるように、僕もオンド・マルトノ自体に慣れていなかったので、大矢さんのお宅にお邪魔して、実際にオンド・マルトノをいろいろ操作していただき楽器のことを学ぶところから始めました。それで、編成をどうするかということになって、初めてのオンド・マルトノなのでまずはオンド・マルトノだけで世界を作ってみよう、ということと、今回のプログラムを見るとみんなデュオとかトリオでソロがなかったので、プログラム全体のコントラストという意味でも、ソロでいくことにしました。

で、一応楽器のことを学んだ上で一通り書いたものの、これで完成とする前に、実際どういう結果になってるのかを確かめてから、直すところは直して最終版にしようと思い、どんな感じか聴かせていただいた。そうすると、技術的に難しい点や、可能だけどあまり効果がない点とか、いろいろわかってきたわけです。僕はオンド・マルトノの音に、電子楽器といってもかなりウエットな肌触りを感じていて、今回それを記号的に強調する箇所はあるけれど、この曲のコンセプトとして、あえてドライな、電子音発振器のような側面を持たせようと思って作曲したんですが、どうも音にして聴いてみるとそれが難しい気がしてきて。『伴走-齟齬』におけるトモミンのような、突き放したドライな電子音をオンド・マルトノから引き出すのは無理なんじゃないか、という。

例えば単なる正弦波とか矩形波とかののばした音って、単純だけど、電子音自体が好きならある確固とした存在感があって、そののばした音をわずかに揺らすだけでも面白かったりするわけです。が、それよりはるかに複雑なはずのオンド・マルトノの単にのばした音というのは、既にある強固な価値観によって美的にしつらえられた音になっていて、無色のドライな電子音にはなれないということがわかってきたんですね。そうなると元のコンセプトそのものから変えないとならなくなって。

また、単音しか出ないことは初めからわかってたんだけど、ヴァイオリンの単音だとその中にちょっとしたノイズ成分を増やしたり減らしたりとか、無限の表情をつけられるのが、オンド・マルトノでそこまで表情をつけるのは難しいとか、いろんな制限が見えてきて。調べてみると、ソロの曲ももちろんいろいろあるんだけど、何かと組み合わせて、その上で鳴らす曲の方が多くて、その理由がその時になってわかりました。例えばピアノで和声的な要素を補いながらその上にオンド・マルトノの美しい旋律が乗ると映えるとか。今回のプログラムで他がみんなソロじゃないのはなぜか、うっすらとわかった時には遅かった(笑)。

しかし、今さら他の楽器も加える訳にもいかず、悩んで、結局最初の素材はある程度残しながらも、方向をかなり変えました。それでだいぶ遅れ、大矢さんには申し訳ないことになってしまいました。大きな転換点は、音響そのものへの依存度を下げ、音の運動自体に重点を置いたということと、初めは音色の指定を細かくしていたんですが、それは奏者にさらいながら決めていっていただく方がいいと判断して、指定を取っ払ったということですね。最終的には、納得のいくものになったと思います。ちなみに、チラシに載っているタイトルは変更して、『Telescopic』になりました。

 

■今後のご活動の予定など教えていただけますでしょうか。

新作に関しては、オンド・マルトノの後は、4月17日に杉並公会堂で、「句読点全曲コンサート」の時にも出ていただいた筝のマクイーン時田深山さんの委嘱による二重奏の初演があります。あとは今決まってるのは秋に男声合唱団クール・ゼフィール、年明けにピアノの佐藤祐介さんの委嘱初演というところです。

 

■コンサートのご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました!

 

◎各イベントのご案内

饗宴のあと アフター・ザ・シンポジウム
日 程:2015年1月17日(土)~4月7日(火)
場 所:東京都庭園美術館
https://www.teien-art-museum.ne.jp/programs/ignitionbox_d.html

演出・テキスト:藤井 光(美術家・映画監督)
テキスト:深田晃司(映画監督)
音楽:鈴木治行(作曲家)
プロデュース:相馬千秋(アートプロデューサー)
声の出演:足立誠、井上みなみ、川隅奈保子、堀夏子

 

饗宴のあと アフター・ザ・シンポジウム トークイベント
日 程:2015年1月31日(土)13:00~15:00
場 所:東京都庭園美術館 新館ギャラリー2
https://www.teien-art-museum.ne.jp/programs/ignitionbox_d.html

出演:藤井 光、深田晃司、鈴木治行

 

大矢素子 オンド・マルトノリサイタル vol. 4 日仏の曲線
日 程:2015年3月22日(日)13:30開場 14:00開演
場 所:東京オペラシティ リサイタルホール
https://www.concertsquare.jp/blog/2015/201501226.html

・近藤 譲 / 原因と結果 (2015) Ondes Martenot, g, va
・猿谷紀郎 / Emission (1997) Ondes Martenot, g
・鈴木治行 / Telescopic (2015) Ondes Martenot
・Jean-Michel Bardez / Apokinos pour piano et Ondes
・Bernard Parmegiani / Outremer (1969) Ondes Martenot, electronics
・Tristan Murail / ガラスの虎 (1974) Ondes Martenot, pf

有馬純寿: electronics, 甲斐史子: va, 佐藤紀雄: g, 松本 望: pf

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