JSEM 電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として 2014 年 8 月より月イチでご紹介し、2周年を迎える 2016 年 7月に掲載した沼野雄司さんへのインタビューにて最終回を迎えました。
掲載が遅れてしまいましたが、2016 年 6 月に開催されたイベントから、6 月 5 日から 19 日にかけて、ニューヨークで開催された「 New York City Electroacoustic Music Festival 」をピックアップいたします。こちらのイベントにて作品を発表される渡邊裕美さんに電子メールでお話しをお伺いしました。
なお、JSEM 電子音楽カレンダー・今月のピックアップは、今回にて最後の更新となります。若い世代の作家、海外で活躍する作家、地方を拠点に活躍する作家、の方々にお話しをお伺いするというテーマを中心として、2年間で延べ 40 人の方々に、現在の電子音楽をめぐる状況をさまざまな角度からお話しいただきました。どうもありがとうございました。これまで今月のピックアップをご覧いただきましたみなさま、インタビューにご協力くださいましたみなさま、そして、三輪眞弘会長をはじめとする日本電子音楽協会のみなさまに心から感謝申し上げます。
New York City Electroacoustic Music Festival
2016/06/05-07 New York Philharmonic’s biennial at National Sawdust
2016/06/13-19 Abrons Arts Center
Concert 11
2016/06/13(Playhouse)
Judith Shatin / Plain Song
Roberto Zanata / Basia
Georg Hajdu / Just Her – Jester – Gesture
Galen Brown / God is a Killer
Hunter Long / the universe is no narrow thing
Takashi Miyamoto / Garan for Piano and Computer
Nobuaki Yashima / Homage to Fantasy
Hiromi Watanabe / Anamnèse
Jelena Dabic / silk_road_reloaded
Madelyn Byrne / Northern Flight
Haerim Seok / Through the Contrabass
Dana Naphtali / Audio Chandelier
http://nycemf.org/2016-festival/
■渡邊裕美さんのプロフィールには「東京藝術大学音楽学修士課程終了後、渡仏。電子音響音楽の制作を始める。電子音響音楽をレジス・ルヌアール・ラリヴィエール(エリック・サティ音楽院)、並びにクリスティーヌ・グルト(パンタン音楽院)、コンピュータ音楽をオクタビオ・ロペス(ジョルジュ・ビゼー音楽院)、並びにロラン・ポティエ(サン=テティエンヌ大学)に師事。2012 年、パンタン音楽院にて審査員満場一致の最優秀でディプロム(DEM)を取得、および SACEM より奨学金を授与される。2013 年にはサン=テティエンヌ大学にてコンピュータ音楽プログラマー職業修士課程を修了」とあります。フランスに行かれた経緯や、フランスで受けられた電子音楽についての教育などについてお話しいただけますか。
日本ではもともと音楽学の学生で、東京芸大の楽理科にてスペクトル音楽の研究をしていました。特に興味があったのが G. グリゼーの音楽時間についての言説で、音響心理学や情報理論などを参照しながら音楽における時間のあり方について思索し独自の作曲エクリチュールを生み出しているのが面白いと思いました。
また、電子音響音楽についても、仏語の授業で M. シオンの著作が扱われていたり、また楽理科の先輩方が企画した輪読会で P. シェフェールの著作を読んだりと、フランス電子音響音楽の思想的な側面に触れ合う機会にも恵まれていました。そういうわけで、修士過程を終了した後はフランスに留学して電子音響音楽の今を見てみたいと漠然と考えていました。
渡仏して当初は電子音楽音楽のクラスの発表会をいくつか聴き、パリ7区の音楽院で電子音響音楽を教えていたレジス先生に頼み込んで生徒にしてもらいました。アルス・エレクトロニカ賞を取られているレジス先生ですが、かなりストイックでかつミニマリスムな手法でアクスマ作品を制作されています。
授業では Ina-GRM のスタジオで録音した音素材を聴きこんで整理・分類し、モノの表象や印象から切り離された音そのもののジェストやキャラクターを再発見することに年の殆どを費やしました。いわゆるこの「還元的聴取」で音を捉えることは今でも電子音響音楽作品制作の上で役立っています。
後に移ったパンタン音楽院の C. グルト先生のクラスでは8ch アクスマ曲の制作を行いました。ここでは電子音響音楽における空間の概念を一新することが出来ました。
これらの電子音響音楽だけでなく、コンピュータ音楽を学ぶことも留学の目的であったので、平行して Ircam の週末講座に参加して Max/MSP や OpenMusic、AudioSculpt などのソフトウェアを習得したり、またパリ 20 区の音楽院で O. ロペス先生のサウンドシンセシスの授業に出ていたりしました。
2012 年にはきちんとコンピュータ音楽のディプロムを取ろうと思いたちサン=テティエンヌ大学で当時できたてのコンピュータ音楽の職業修士課程に登録しました。ここでは Max/MSP を用いたサウンドシンセシスのみでなく、C言語や Lisp、デジタル音響処理に特化したプログラム言語である Faust、また録音編集の授業や音響学など多岐に渡っていました。
現在はパリ第8大学の音楽学修士課程に所属しながら空間投影の手法についての研究を進めています。ここでは作曲の講座があり、そこが運営している CICM という研究所では HOA Library という Ambisonic による空間処理のためのツールが開発されています。
■渡邊さんの SoundCloud では、2009 年の作品「 Volatilisation 」から 2014 年の作品「 Fission 」までの、フィクスト・メディアのための作品を試聴することができます。2014 年に日本で開催されたアクースモニウムによるコンサートのプログラムには、渡邊さんの作品は「アクスマティックな語法から出発し、さまざまな物質にまつわる固有の音楽的な身振りを作品に取り入れ」ていると記されています。フィクスト・メディアのための作品の特徴のひとつとして、この「物質にまつわる音楽的な身振り」が挙げられるのではないかと思います。ご自身のフィクスト・メディアのための作品の変遷について、また、ご自身のいくつかの代表作についてご紹介していただけますか。
先ほどのレジス先生のクラスで最初に制作した作品が Volatilisation です。重力とその反動をテーマにした作品で、ピアノ内部の弦上でピンポン球や小さな鉄球を弾ませて素材録りしました。
このリバウンドの反復するリズムを楽曲の構成要素に発展させたのが次に制作した Réminiscens です。この作品はガラスが砕かれて散る音のみで作られていますが、音素材にディレイやリバーブといった加工がかなり施されており、音像が多重になっていきやがてひとつのマス・ソノールになる過程を聞き取ることができるようになっています。この歪みながら反復され変質していく音と、それが静寂のなかからいつのまにか浮き出て沈んでいくさまが、タイトルの「曖昧な記憶」、「前世の記憶」という意味とリンクしています。
また物質の身振りと聞き手の関係性に焦点をあてた作品として、水にまつわるシリーズがあります。例えば La chimère au bord du fleuve ではセーヌ川上流での滝の音や、ルーアン港の船の音、ル・アーブル海岸でのカモメの鳴き声など水場にまつわる音風景をフィールドレコーディングしたもから作品が構成されています。
このシリーズでは、水そのものの音というよりは、むしろ水を想起させるようなサウンド、または水を取り巻く生活音などを用いて作曲されており、文明社会の中に置かれた水環境のありかたがもう一つのテーマとなっています。
Ina-GRM 主催 Banc d’essai 2013 にて
Ina-GRM 主催 Banc d’assai 2013 にて(渡邊、C. Zanési、R. Renouard Larivière、C. Groult)
■ 2015 年から今年にかけては、バス・クラリネット、ヴァイオリン、ハープ、パーカッションと電子音響のための「 L’eau bleue qui étincelle au jaune soleil 」、フルートと電子音響のための「 Anamnèse 」、ギターと電子音響のための「 Le crépuscule du soir 」と、器楽と電子音響のための作品を多く手掛けられています。このように創作の幅が広がった理由についてお話しいただけますか。また、これらの作品の制作環境や、具体的な上演の技術などについても教えていただけますか。
もともとフィクストメディアの作品ではミニマルな素材から無限に音を引き出す仕組みを考えていたので、「じゃあ、それが生の楽器の音だったらどうなのだろう?」という問いから器楽と電子音響のための作品を作るようになりました。生楽器の音の豊かさに匹敵するような電子音響を生み出し競合させたいという欲望もありました。
器楽と電子音響のための作品では、どれも様々なディレイが施されて楽器の音が多層化されています。例えば Anamnèse ではまず録音パートで GRM-Tools の Fusion を用いた8層のフィルター&ディレイ処理されたフルートの音が生の楽器の音に随伴します。またリアルタイムパートでは生の楽器音が Ircam の SuperVP によって移調され、さらに Grame の Faust で書かれたプログラムによって残響音が拡張されていきます。これらの電子音響は8ch のスピーカーシステムによって空間投影されるのですが、バラ曲線や代数螺旋などを描く三角関数によって音像移動の軌跡がコントロールされています。
Le crépuscule du soir の Max コンサートパッチ
Le crépuscule du soir の 空間投影のためのプログラム
■「 New York City Electroacoustic Music Festival 」では「 Anamnèse 」が上演されるようです。アメリカに行かれるのは初めてとのことですが、これまでヨーロッパのさまざまなフェスティバルにご参加されてきたことと思われます。ヨーロッパにおける電子音楽のフェスティバルの現状について、お分かりになる範囲でわれわれにご紹介いただけますでしょうか。
電子音楽をどのように規定するかでだいぶ状況が変わると思いますが、例えばアクスマだとフランス・クレで行われているフチュラ音楽祭、ベルギー・ブリュッセルで行われているエスパス・デュ・ソン音楽祭などは比較的規模の大きいものだと思います。
また Ina-GRM 主催のプレザンス・エレクトロニックですが、近頃はパリの新しいアートセンターであるサン・キャトルに開催場所を移して行われています。このフェスティバルではアクスマにかぎらず、電子音楽やエレクトロニカ、ノイズ、即興パフォーマンスなどを含めた幅広いフェスティバルとなっています。例えば 2016 年のプログラムですと、B. フェレイラのアクスマ曲と並んで、Editions Mego 主宰のピーター・レイバーグのライブ・パフォーマンスが行われました。あとはストラスブールで行われている Festival Exhibitronic やノルマンディー地方で行われている Plage sonore などでもアクスマ作品が上演されています。
またオーディオ・ヴィジュアルのフェスティバルになると、例えばパリにて隔年で行われている Festival Némo やナントの Scopitone などが規模の大きいものとなっています。
フランスのここ最近の傾向ですが、残念なことに政府の助成金削減の方針により、徐々に大きなフェスティバルが減りつつあります。例えばブールジュの電子音楽コンクールは世界的に有名でしたが、助成金打ち切りで無くなってしまいました。
NYCEMF音楽祭 プレイハウス・ホール
■昨年は RIM(Réalisateur en Informatique Musicale)として、ブーレーズの「二重の影の対話」を上演されておられます。電子音楽の上演のためにいくつかのプログラムも制作しておられるようですが、電子音楽の再生・上演・演奏などについて、フランスにおける流行や、最新の技術などについて、もしご存知のことがあれば日本の聴衆に教えていただけますか。
電子音響音楽の上演ですが、映像や光の演出をつけたり、またコンテンポラリーダンスや舞踏などとアクスマ楽曲をミックスしたりするなど、音楽が主体ながらも視覚的な要素との連動を狙うプロジェクトが増えている気がします。
また、楽器の胴体にピエゾセンサーとサウンドエキサイタをつけたスマート楽器(ハイブリッド楽器)のためのミクスト曲も少しずつながらレパートリーが増えています。これは Ircam が主導で進めているプロジェクトで、楽器の生の音をコンピュータやエフェクターを用いてリアルタイムで加工し、楽器そのものをスピーカーの替わりに振動させることで、スピーカー無しに、主体的にコントロールされた新しい音色を楽器から聴かせるものです。
■今後の活動のご予定についてお話しいただけますか。
直近ですと、9月に ICMC ユトレヒト大会でフルートと電子音響のための Anamnèse が再演される予定です。また 11 月にはスペインでハイブリッドチェロのための新作が、来年5月にはソプラノと電子音響、映像つきの新作がストラスブールで初演される予定です。
■ますますのご活躍を期待しております。この度はどうもありがとうございました!