JSEM電子音楽カレンダーでは、担当の川崎弘二が、カレンダーに掲載されている各種イベントを「今月のピックアップ」として月イチでご紹介しております。
2015年5月に開催されるイベントから、今回は、5月22日(金)に京都・法然院において開催される「及川潤耶 VOICE LANDSCAPE – ta ka ta ka Crickets」をピックアップし、ドイツ在住の及川潤耶さんには電子メールでお話しをお伺いいたしました。
及川潤耶 VOICE LANDSCAPE – ta ka ta ka Crickets
日 程:2015年5月22日(金)
場 所:京都・法然院
・17:00〜 サウンド・インスタレーション展示
・19:00~20:00 対談・コンサート(新作初演)
対談:及川潤耶(ZKM カールスルーエ メディア芸術センター 客員芸術家)× 吉岡 洋(京都大学 大学院 文学研究科 教授/美学・メディア理論)
助成:公益財団法人 野村財団、公益財団法人 朝日新聞文化財団
協力:HAPS、法然院、onpa)))))
http://kojiks.sakura.ne.jp/oikawa.html
第1部 2015年4月3日公開
■及川さんは2011年の秋から、客員芸術家としてドイツのカールスルーエ メディア芸術センター(ZKM)に所属しておられます。ZKMに行かれることになった経緯、また、ZKMでのご活動、ドイツでの生活などについてお話しいただけますか。
東京藝大の大学院でお世話になった古川 聖 教授から紹介がありまして、幸運にもZKMの音楽・音響研究所から客員芸術家として招聘される事になりました。 ZKMには2つの大型美術館と、市のギャラリー、3つの研究所、2つのイベント施設があります。そして、年間におおよそ30回の展示、100回のイベント、そして15件の出版が行われる、現在の日本には例がない規模で運営されている芸術文化施設です。
ここでは作家専用の音響スタジオと制作に必要な音響機材や技術職員のサポートが提供され、24時間スタジオで研究・制作が出来る環境が整っています。主に自分のプロジェクト、例えばサウンド表現の研究や、委託作品の制作等をここで日々進めています。
日本からドイツ・カールスルーエ市に移り住んで3年半が過ぎますが、芸術家としてドイツで生活するには、まずは長期滞在ビザの取得が必要でした。この地域では、就学ビザの取得に比べてアーティスト・就労ビザの取得は容易ではありません。
またドイツでは芸術家・フリーランスの立場は社会的に低くありません。例えば、芸術家の為の組合に審査が通ると社会保険料が控除されます。これは低所得の芸術家に対する支援を国の税金(ドイツの税は20%)でまかなわれいて、芸術家という身分が社会的に保証され、そして芸術の仕事自体も実社会と密接に関われている事になります。
そして、ドイツは人が生活していく上で最低限必要な環境が整っているように思います。 例えば、就労ビザを取得できると語学学校は無償で受けられますし、食材も安く品質も良いです。そして教育や医療のほとんどは無償で受けられます。 このように人々の多様な価値観や社会環境があるので、芸術家は生活しやすい国かもしれません。
■2013年に及川さんは、フランスの「Qwartz Music Awards」において、実験/研究部門の最高賞を受賞しておられます。こちらでの受賞作品「Bell Fantasia」について教えていただけますか。
「Bell Fantasia」は南ドイツのシュベービッシュ グミュント市で毎年開催されているヨーロッパ教会音楽祭から2012年に委託を受けました。その年のフェスティバルのテーマは「郷土と異国」でしたので、この街を象徴する音を録音して作品を制作できないか、ディレクターと相談し内容を詰めていきました。
実際の制作過程では、フィールドワークを通じて街を囲む様にして建っている11カ所の教会の鐘の音や、合唱、街の日常音を2日間に渡って収録し、最終的に計6曲、約22分の組曲に仕上げました。 各曲を説明すると、街を歩いて日常の情景を構成した「Acoustic Scenery of Schwäbische Gmünd」、鐘の音のみから子供の声や全ての音が作られている「Tweeting bells night」、自演した琴の録音を西洋楽器の音色や旋法へ変容した「Wind melody」、そして「Bell Strata 2」はこの作品のフィナーレを飾る曲になります。街の日常や私自身の故郷の波の音、そしてこの街の鐘の音から東洋の鐘の音を作り出す事で、“鐘”が象徴する祈りや、私たちの深層的な郷土を押し上げる様な音響のイメージを、音楽的な表現と重ね合わせています。
このプロジェクトで印象的だった事は、鐘の音を録音したときの音響の体験です。教会の外と中から鐘の音を収録したのですが、まず教会の屋根裏で実際に鐘が動いて音を出している様子を初めてみました。街のどこに居ても聞こえるくらい大きな音の発音源を2〜3メートル四方程度の空間内で聞くのですからそれはもの凄い音響で、ポータブルレコーダーのマイクゲインを少しブーストするだけで適切音量になるくらいです。
さらに衝撃的だったのは、複数の鐘の倍音が共鳴し合う現象を体験したことでした。大きな音圧を体全体で受けた影響か、その倍音現象が光の線の様に見え、その光が身体を抜けて行く様な感覚を覚えました。これは人生で初めての音響の体験で、 それは何層にもわたる第5倍音以降の音の集積と移行でした。 リゲティの「ルクス・エテルナ」で扱われているテキストや音響・ミクロポリフォニーを象徴する感覚を覚え、その時に西洋の根源にある思想や意識を実感したように思います。
■2014年にも、フランスの「Biennale Bains Numériques」にて批評家賞を受賞しておられます。こちらのフェスティバルの様子や、及川さんが受賞された作品などについてお話しいただけますか。
この祭典は、パリから電車で15分くらいの場所にあるアンギャン=レ=バン市のデジタルアートセンター「CDA」の主催により開催している電子芸術のビエンナーレになります。
2014年にユネスコ創造都市ネットワークのメディアアーツ部門に認定された事から、このフェスティバルの名前を知っている関係者も多いかと思います。展示作品はテクノロジーとアートのイノベーションを主題にした作品がキュレーションされていて、作品の傾向としては、拡張現実とインタラクティビティー、電子工作系のオブジェ、身体表現と映像・サウンドによる舞台表現、公共空間におけるパブリックアート、サウンドライブなどがあり、7日間にわたって 駅や教会、公園、湖畔、商店、メディアシアターなど、街の至る所を舞台に公開されました。
今回受賞した作品「VOICE LANDSCAPE」は、自分の録音した声や音韻を生物の存在や自然現象の音などに変容して周囲の環境と呼応させる作品で、長年追究しているプロジェクトになります。広さおおよそ600平方メートルの庭園「Villa du Lac」を舞台に、複数の箇所に対して本シリーズの – ta ka ta ka Crickets ver2、 electroBirds、Labile lip-Water Whisper、Labile lip-Insect を構成しました。
作品の配置に関して、事前にスタッフと画像を介して相談していたのですが、実際に現地を訪れた際、その場の音環境や雰囲気から、直感的に全ての作品の配置や提供作品を変更しました。ですので、2日の調整期間の中で作品のプレイスメントからインストールまで行うことになったのですが、結果としてはそれが功を奏して、庭園の自然環境と作品の関係性を豊かに表現する事が出来たと思います。
第2部 2015年5月11日公開
■今年の4月には、ドイツのニュルティンゲンにおいて、立体音響空間のためのソロ・コンサートを開催されました。このコンサートでの新作について、また、作品が上演された空間などについて教えていただけますか。
このコンサートは南ドイツにあるFohhn-Audio社とバーデン=ヴュルテンベルク芸術財団の協力によって実現しました。 2012年に私はこの芸術財団に新設された「新しい音楽の形態」部門の初代受賞者に選出された事もあって、今回のソロコンサートで新作委嘱を受ける機会を得ました。
コンサート会場となったFohhn-IOSONO 3D Labは、IOSONO社の立体音響技術を導入しているラボの中ではヨーロッパ最大規模で、この広い空間にはFohhn社のオリジナルスピーカーが20個以上インストールされています。 また、ここではスピーカーの音響計測をする為に余分な残響や反響を抑えた施工がされていますので、音が螺旋を描いて上ったり、パースペクティブな音の距離感や密度の変化などをイメージ通りに表現する事ができました。
今回扱ったIOSONO社の技術は3層からなる立体音響の為の音場作成ソフトになります。プラグインのような形で動くのですが、これはソフトウェアとハードウェアによってシステムが組まれていてNUENDO上のみで動作します。 Wave Field Synthesisを応用した音像定位も扱えてリスニングポイントが広く、かつ精密に音響を扱える事が特徴です。 今回は新作を含む電子音響作品(計60分)を、約25時間というタイトな制作時間の中で立体にしましたが、このソフトのインターフェイスはとても実用的でシステムも安定していて、所謂DAWで一層の為のサラウンド作品を制作する事とほぼ変わりなく作業ができました。
新作は電子音響作品の「Plastic Recollections 6」と、エレキギターの作品「Acoustic Sketch 2(仮題)」からなりました。まずはそれらをZKMのスタジオで制作し、前作に関してはFohhn社のLabで立体にして、後作に関しては2chステレオを基本に音場を作り演奏をしました。
「Plastic Recollections」シリーズは2004年からおこなっている音響のプロジェクトで、単一の物音から発せられる様々な音世界を見つける事、またそれらを有機的に構成する事を目的に始めました。 これまでにMDを振る音やピアノのノイズ、コンクリートブロックの摩擦音、発泡スチロールの溶解音などと続けてきて、今回はスネアドラムの音から作られたテクスチャーを3D空間の為にコンポジションした17分の作品になります。エレキギターの作品は、教会に響く残響をその空間に集積された歌の記憶や軌跡としてイメージして制作したモーダルな作風です。意識の対象が定まらないくらい遠い距離にある複数の音の輪郭や、身体の呼吸から開放された意識の距離感を叙情的に表現した17分の作品になります。
■及川さんは2009年から「Voice Landscape」というプロジェクトを継続され、2014年にはカナダで個展「Voice Landscape」を開催しておられます。「Voice Landscape」というプロジェクトについて、また、カナダでの個展についてお話しいただけますか。
Voice Landscapeは、録音した私自身のオノマトペや声をテクノロジーを介して虫の声や、少女の声、水や風の囁き等といった自然現象の音に変換し、庭園や自然環境などで展示するプロジェクトとして2009年頃から構想を始め、これまでにドイツ、イタリア、フランス、カナダなど各地で展開してきました。
このプロジェクトにおいて、録音した自分の声を変容する事は、姿形をもつ個人の身体性や性別を超越した現象としての生命の存在を自然環境の一部として構造する事を目的にしています。音楽や音は、それそのものが身体であり意識であると私は考えていますので、個人の情報や象徴から作られたサウンド、言わば音の生命が環境に存在して、かつその場所と呼応し変容して行く方法を追究しています。
録音した声を扱ったきっかけは、2003年に制作した電子音響の処女作「Arc」になります。当初、電子音や機械的なリズムを扱う表現に何か違和感を感じていて、そのとき録音した声を作品の中に取り込む事で作品の表情が有機的に変わる事に気づきました。無機質な素材に対して人間の存在が作品の中に感じられる温度というか、声や非言語という生命の内面の様な存在を作品から感じる事が自分の中で重要だったからです。この時から声を録音する行為や、人間の存在に変わる有機的な何かを象徴する音の現象や音の機能に対して自分なりの発想を持つ様になりました。
カナダの個展は、 カナダのニューブランズウィック州にある海の街 St. Andrewsに1964年に創設された“自然とアートセンター Sunbury Shores”からの委託でして、この施設の開設50周年を記念した事業としてサウンドインスタレーションとコンサートピースの制作発表を行いました。
個展会場になったMinister’s Island – Bath Hauseはカナダの国定史跡に指定されていて、この島は元々カナダ鉄道の創設者William Cornelius Van Horne(1843-1915)が別荘として購入したものです。
この地域は7メートルの潮汐があり、潮が引くと海の中から数百メートルの島へ続く砂利道が表れます。ですので、引き潮で観光ができる時間以外は無人島になります。
Bath Hauseはこの島の岬にあり、海岸の底の岩を削って人工的に作られたプールへ続く建築物になります。 展示ではこの建物の室内空間を通じて野外の海へ続く一連の3つの環境に対して、新作を含めたVoice Landscapeのシリーズをインストールし、その空間の残響や目の前に広がる海の情景、周囲の環境音と呼応させました。
この展示場所は元々決まっていたのではなく、私が現地に滞在してオーガナイザーと一緒にフィールドワークを通じて見つけた場所でした。この国定史跡で芸術の企画や滞在が許可されたのは今回が初めてで、さらに幸運な事に5日間、この島にあるコテージ(彼の親族が暮らした家)で寝泊まりをして作業することが可能になり、この個展の様子はカナダ国営放送CBCで短いドキュメンタリーとして扱われました。
このように、滞在制作をベースとしたプロジェクトはサイトスペシフィックな場所で行われますので、実際に現地に滞在してその環境を肌で感じる体験や、現地の人達とのコミュニケーション、現地で構想を更新するプロセスが作品の結果に大きく関わる面白さがあり、スタジオで行う電子音響の作曲スタイルとは真逆の性質を持つ面白さがあります。
■今回、京都の法然院というお寺で「Voice Landscape」が公開されます。現時点での構想をお話しいただけますでしょうか。
これまで海外で展開していたので、何処かの機会に日本で展示出来ないか考えてきました。このプロジェクトの概念に当たる部分はアニミズムの影響も見え隠れします。このような概念を京都の寺院という日本の精神を象徴する場で実施する事は、自然や生命に対するオマージュを捧げる最適な舞台とも考えています。今回はこのシリーズから「takataka Cricket」1作品の展示になる予定です。とても詩的で静的な作品で、自然の模倣や変容、周囲との呼応といったサイクルをこの寺院の環境音との関係性を含めて鑑賞出来るようにしたいと思っています。
■法然院では、サウンド・インスタレーションの「Voice Landscape」以外に、新作によるコンサートも行われるとのことですが、こちらの新作はどのような作品になるご予定でしょうか。
エレキギターを使った10分程度の短い作品を構想中です。
先日、法然院を下見した際に住職の法話も聞く事が出来ましたので、それらのインスピレーションを得ながら、takataka Cricketと庭の環境音、そしてギターの音が独立しながら、尚かつ時折呼応する形で森羅万象を表現できればと思っています。
■今後のご活動の予定など教えていただけますか。
日本滞在中はこの京都の個展の他に、関東の幾つかの大学で公開特別講義とミニコンサートの企画が予定されています。また東京でも作品が展示される予定です。
ドイツ帰国後は、ブレーメンで開催されるアクースモニウムのフェスティバルなど、現在のところ1年先まで各国で各プロジェクトが進行中です。FBの情報をなるべく更新して行きたいと思います。
■個展のご成功をお祈りしております。どうもありがとうございました。